「ご兄弟ですか?」
必要な金額を渡すだけ渡してサッサと店先まで行ってしまった背中を視線で追いかけていると、ふと投げかけられた疑問符。
お決まりのセリフだった。打ち止めは慣れた様子で首を振る。そんな言葉はもう聞き飽きていた。
はじめは、傍目から見てもちゃんと家族と認められているのだと嬉しい気持ちすらあった。
それが今となってはただの耳にタコだ。
お釣りの小銭を受け取りながら、打ち止めはもう一度、店先にいる背中を見つめた。


ストローを口に咥え、ただこちらをじいと観察してくる少女に、一方通行はチョップをかましてやろうかと片手を上げかける。
上げかけて、それで済んでしまったのは、ストローを咥えたままでは危ないと判断したからだろう。
彼は過保護な自分をいい加減に自覚していた。それでも人に指摘されるとどうしたって抗ってしまうものだが、今この場にそんな人物はいない。
手刀をお見舞いしない事にした一方通行は、代わりに口を動かす事にした。
「なァにさっきからジロジロ人の顔見やがってるンですかァ?」
しっしっ、と犬を追い払う仕草付きだ。
「…む、あなたがそんな態度なのも原因かも、ってミサカはミサカはげんばりしてみる…はぁ」
これ見よがしに大きなため息をつく打ち止めに、一方通行は眉を潜めた。
買い物に付き合い、新しく出来たカフェに行きたいと喚くので付き合ってやったと言うのに、訳も分からず文句をぶつけられるとは一体どんな仕打ちだろうか。
理由を言えと目だけで訴えると、打ち止めは彼の態度に二度目のため息をつくのだった。

「ミサカはそんなにあなたの妹にしか見えないのかな、ってミサカはミサカは今日も勘違いされた事に落ち込んでたりする」
「あァ…」
その話か、と一方通行はようやく自身が当たられる理由を知った。
成程それならば打ち止めがこうなるのも当然か。彼はのんびりと白いカップに入ったコーヒーを飲む。
最近少女の機嫌を損ねるのは、専らこれがメインだった。
彼自身がその質問を耳にした事は無い。問われるのは一方通行が打ち止めから離れた時だけらしいのだ。
「つーかよォ」
一方通行はテーブルに肘をつき頬杖をして、ひとり愚痴を零している打ち止めの手元を見た。
「オマエがガキくせェのが原因じゃねェのか?」
「う?」
ストローをくるくると回していた打ち止めの手が止まる。
一方通行の視線の先が自分の手元、正確には握っているグラスの中身だと気付いた打ち止めは、彼の視線をなぞってグラスを覗く。
そこには氷が溶けてすっかり薄まってしまったクリームソーダがあった。
バニラアイスと緑色の液体が混ざり合った泡が、グラスの内側の至るところに付着している。
「こっ、これは子どもとかそんなの関係なく美味しいものなの、ってミサカはミサカは違うもんって全面否定」
「あーうっせェうっせェ」
両手で持ったグラスをトントンとテーブルに叩きつけながら抗議してくる打ち止めを、一方通行は再び追い払ってあしらう。
今度はふくれっ面になってしまった打ち止めは、確かに身体年齢よりも幾分か幼く見えてしまうのかもしれない。
出会った頃の打ち止めと今の彼女とを比べると、人は成長するものだと実感出来る。
中学に通える程になった打ち止めは随分と背が伸びて、手足もスラリと長い。
(出るべきところはまだ出ていないが)同じ年の少女達よりも、むしろ幾分か大人っぽい容姿だ。
それでも彼女がそんな風に見えないのは、なにぶん中身が問題だった。よく言えば天真爛漫。簡略的に言えば忙しない。
「うう〜、どうしたらちゃんと恋人に見えるのかな、ってミサカはミサカは思案してみる」
「……、さァな」
そもそも恋人じゃねェ、というツッコミをするべきかどうか一方通行は迷った。
なんというか、そういう関係性の契約的なものをした覚えが無い。
が、余計に事態が複雑になってしまう気がしたので、彼はあえて何も言わない事にした。
尤も、自分達の普段のあれこれはきっと世間から見たらきっと、そういった鳥肌が立つような言葉で表されるのだろう。


ふとショーウィンドウの前で立ち止まった打ち止めに倣い、一方通行は足を止めた。
というよりも、腕を掴まれている為に立ち止まるしかなかった、が正しいのかもしれない。
「……?何してンだ」
「似てない」
「あ?」
「ミサカとあなたは全然似てない!ちっとも似てない!兄妹な訳が無い、ってミサカはミサカはちょっと苛ついてみる!」
大きなガラス窓に向かって吠える打ち止めは、今にも不満が爆発しそうな顔をしている。
彼女の主張は全く以って正論だ。血が繋がっていないのだから、似ている訳が無い。
「べっつに、勝手に言わせときゃ良いだろォが」
いちいち否定して歩くなんてくだらない、と言うのが一方通行の考えだった。
どうせその場限りの知らない人間なのだから、勘違いされたところでなんら問題は無い。
だが、所謂女心というやつなのかそれとも意地なのか。塵も積もれば山となる。少女の容量は既にオーバーしていた。
きっ、と鋭い視線で打ち止めは振り返る。
彼女は二度、三度と周囲を見回して、何かを確認すると、一方通行を睨み付けた。
「……証明したらみんな分かってくれるよね?ってミサカはミサカは強硬手段に出てみるんだからっ」
「は、あ?何言ってンだオマ」

世界が止まる、訳は無いが、しかし確かに止まっていた。
一方通行が唇を「エ」の形にする前に、彼は奪われてしまった。酸素が入ってこない。
目を閉じる事も出来ずに、一方通行は本当の本当に目の前にあるものを見つめる。
柔らかく熱い感触はよく知っていた。

打ち止めの、唇だ。

「……っ」
360度、どこからどう見ても、打ち止めは一方通行に口付けていた。
詳しい時刻は分からないが、カフェを出た時間と空の色とを合わせると今は夕方に差し掛かる頃。人出はまだ多い。
演算能力を奪われた訳でも無いのに、一方通行は今自分の置かれている状況が分からなかった。分かった時には、もう遅い。
あちらこちらから感じる視線と、何やら桃色のどよめき。
「…っどうだぁっ!ってミサカはミサカは勝利宣言してみる」
ミサカはあなたの妹なんかじゃないんだから!
ぷはあっ、と打ち止めは得意気に片腕を掲げてみせた。
何が勝利か。こんなところでキスなんぞしたところで、なんの解決になろうか。
「…オマエ…バカだな…」
あっけに取られている一方通行の口から漏れる言葉は、なんとも気が抜けていた。
彼が我を取り戻すのは、群集の中で、あらまぁと口元に手をあて、憎たらしいニヤけ面をしている黄泉川と芳川を発見してしまった時だ。
全身全霊のチョップを受けた少女の悲鳴が響くまでのカウントダウンは、もう始まっている。

























2011/02/12
「兄妹に見られてもやもやな打ち止め」をお題に書かせて頂きました。
打ち止めに振り回されすぎな一方さんは美味しいと思います。
なんとも阿呆な話ですね。ひとりで楽しんでしまいました…
リクエストをくださった方、少しでも気に入っていただければ幸いです。
素敵なお題をありがとうございました!
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