今日のおやつは無しじゃん。
と、本日も変わらず羨ましいプロポーションを備えた保護者が言うので、少女の頭のてっぺんにあるアンテナは一気にしょげた。
残念な事この上無いが、無いものは無いのだから仕方が無い。
大人しくテレビでも見ていようと、アンテナ少女打ち止めはキッチンに背を向ける。
「あら、どうしたのそんなに落ち込んで」
「今日はお菓子が無いらしいの、ってミサカはミサカは悲しい真実をお知らせしてみる」
専門誌らしきものに目を通していたもう一人の保護者は、打ち止めからの知らせを聞き雑誌から視線を上げた。
彼女は不可思議な事象に出会したみたいに首を傾げ、次いでキッチンのほうへ目をやると、何故かクスリと笑う。
「愛穂、あなたって本当にこういう行事が好きね」
「だって反応が面白いじゃんよー」
黄泉川のケラケラ笑う声と足音が聞こえてきたので、打ち止めはそちらを振り向こうとした。
だがその姿を目に入れる前に彼女の目前に現れ視界を埋め尽くしたのは、真っ白い何か。
打ち止めは驚きの声を上げ顔を遠ざける。見れば真っ白な何かは上に赤い粒を乗せている。
それが黄泉川の持ってきた皿の上のショートケーキだと気付き、萎れたアンテナが真っ直ぐになったのは言うまでもない。



一方通行がオートロックを解除し音もなく玄関を開けたのは、23時をとっくに回っている頃だった。
以前、同じような時間帯に帰ってきた時に怒鳴られてからは、この第一位は帰りが遅くなる際は一言電話を入れるよう約束させられている。
文句をつけながら律儀に約束を守っている努力の甲斐あってか、今、彼の前に腕組して立ち塞がるおせっかいはいない。
それでも、一方通行は不思議と眉を潜めた。
いつもならば各々の部屋で好き勝手している時間だと言うのに、廊下とLDKを繋ぐ扉の向こうから、人の声が聞こえてくる。
人の声、と言ってもそれはこの家に住む誰のものでもなく、テレビのバラエティから流れてくる芸能人の笑い声だ。

帰り道の途中で買った缶コーヒー入りのコンビニ袋が、ガサガサと音を鳴らし歩く足に当たる。
新商品らしいので、とりあえずはシャワーの前に飲んでみようと考えながら、一方通行はドアノブを下げた。
くぐもっていたテレビの音声がハッキリと聞こえ、しかし部屋を見回しても誰の姿も見当たらない。
「ンだァ?消し忘れたのかアイツら」
先にキッチンに向かい飲む分の缶コーヒーを取り出して、残りをひとつひとつ冷蔵庫の中へ詰めていく。
(袋ごと適当に突っ込んだら行儀悪く足で背中を蹴られたのも、出来れば思い出したくない記憶だ。)
全てをしまい終えると、一方通行はプルタブをあけながらリビングへ方向転換した。だが、歩き出す前にふと足が止まってしまう。
「……おォい」
彼の動きを止めたのは、ソファの上で丸くなって眠る打ち止めの姿だった。

開けたばかりの缶コーヒーを一先ず置いて、一方通行は打ち止めの肩を揺すった。
すっかり寝入ってしまっているのか、小さな子どもは僅かに身動ぎしただけで目を覚まそうとしない。
「起きろクソガキ」
強めの口調で呼びかけて頬を軽くたたくと、長い睫毛が揺れた。
重たそうに瞼が開き、夢から解放されていないぼんやりとした瞳が一方通行を見詰める。
打ち止めは瞬きを繰り返すと、ゆっくりと微笑む。ふにゃふにゃに、何だかとろけそうな笑みだ。
「おかえりなさい、ってミサカはミサカは言ってみる…」
「あァ。寝るなら部屋に行けよ」
腰をおろして、一方通行はようやく缶コーヒーを傾けた。味は悪くなかったらしく、そのまま続けて数口流しこむ。

テレビのリモコンを操作してチャンネルを変えてみるが、特に面白そうなものは見つからない。
仕方なく元の局に戻ってきたところで、膝の上に重みを感じた。見れば、隣でぞもぞと動いていた打ち止めの頭が乗っかっているではないか。
「……ここで寝るなっつってンだろォが」
「うぅん…あのね、今日は嘘をついても良い日なんだって、ってミサカはミサカは教えてみたり」
「はァ?……あァ、エイプリルフールか」
頭の中に思い浮かべたカレンダーの日付に気付き、一方通行はくだらねェと吐き捨てた。
睡魔に負けそうなのかぐりぐりと額を押し付けてくるので、彼は彼女の髪にそっと触れ撫でてやる。
風呂上がりに乾かさなかったらしく、まだ少し湿っている。風邪を引いたらどうするつもりだと叱ろうと口を開いたところで、少女が見上げてきた。
「だからね…ミサカもあなたに何か嘘をつこうかな、ってミサカはミサカは思ってたんだけど」
「そりゃ良い度胸だな」
「うん…でも、あなたに嘘はつきたくないかも…ミサカ、あなたの事大好きだもん、ってミサカは、ミサカは……」
一方通行の、打ち止めの髪を撫でる手が止まる。見下ろせば、少女は再び夢の中へと引きこまれてしまったようだ。

「……誰が部屋に連れてくと思ってンだこのガキ……」
言いたい事だけ言って眠るとは。一方通行は大きくため息をつく。
テレビのボリュームをさげて、着ていた上着を寝息をたてる少女にかけた。
なんとなく、手持ち無沙汰になってしまい折りたたみ式の携帯電話を開く。日付は、とっくに変わっていた。

























2011/04/01
はじめは「きらい」とか言わせてみようかなって思ったんですけど
打ち止めはきっと嘘でも一方さんを否定する言葉は言わなんじゃないかなぁ〜と…
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