いちいち数を数えていると、キリが無い。だから数えるのは最初の数匹でやめた。
やたらにリアルなゲームのターゲットはあっけなく潰れ、感慨を湧かせる暇も与えない。
癖のように指先を数センチ動かして、ある程度の数をこなした時からソレは突然に姿を見せた。
月の光に透ける茶色の髪に、細い手足。理不尽な死を当然として受け入れたつまらない顔立ちを見るのにも、もう飽きてきた所だと言うのに。
けれど他との天辺から爪先まで全く同じ姿をしたソレは、記憶された人形共の特徴があやふやになる程に別人だった。
検体番号不明のきっともうすぐ死を迎える少女は、実験の終わりと同時に少年の前に現れる。ただ唯一、他には無い微笑みを浮かべて。



人工物とは言え、命を奪う事には抵抗がある……なんていう意識が例えばあったとして、それは決して自分でも見つける事の出来ない奥深くにあるのだろう。
柔らかな皮膚を裂きその奥に爪を突き立てて、肉がすり潰れ弾き飛ぶ感覚はもう掌に染み込んでいる。
今更になって本当は嫌でしたなどとほざくような脳天気さは生憎持っておらず、開始時刻が近づくと高揚感すら感じていた。

絶対能力進化と銘打ち、身勝手に肯定された人殺しの一番最初は、確かに自身の認識を無視した場所で実行された。
だだっ広いだけの空間。強化ガラスの向こうでは、何人もの研究者達がまるで芝居を見に来たような気軽さでこちらを見下ろしている。
第三位もどきの芝居は、子どものお遊戯よりもヘタクソで最悪のものだった。こちらの断りも無しに腹に穴を開け、勝手に命を絶ってしまったのだ。
卑しくニヤついた研究者達の贈る拍手は耳障りでしかなく、消える命は想像以上に軽く、だからさっさと終えてしまえば良いのだと信じた。
そうしてつまらない実験が繰り返される。ただそこにいて、ほんの少しだけ能力を発動されればノルマを達成出来るだけの、本当にくだらない。

それでも、明らかに卑劣で残酷で非道な行為を、自分は誰よりも楽しんでいた。



あっけなく息絶えた人形の側に寄る。脇腹を蹴っても、もう叫ばない。
形を崩した体から流れ出る赤黒い液体に、一方通行の唇は歪んだ笑みを形作る。また今日も、無様に死んでいった。
「くっだらねェよなァ」
殺される為に生かされた人形達。人権だのなんだのとは無縁の存在は、果たして人間と分類されるのだろうか。
地面に倒れた少女の傷口を靴の先でつつき、一方通行は息を吐く。一度も当たらなかった銃弾が、幾つも散らばっていた。
いつからだろう、奪う事を快楽と繋げはじめたのは。
血の匂いがどうやら好きらしい。血飛沫が飛び散る度に、可笑しくてたまらなくなる。
痛みに鳴く声や胡乱になっていく表情は傑作だし、勝ち目も無いのに懲りずに攻撃を仕掛けてくる馬鹿さ加減も愉快だった。
数をこなすごとに脳が麻痺していく感覚は、そこらの安いドラッグよりもずっと美味い。

「……で?いつまで見てンだ、オマエ」
粘着くような鉄臭さが充満したもう他に誰も居ないはずの実験会場に、他人の息遣いが聞こえる。
一方通行は目を細めて、路地裏の奥を睨みつけた。それに反応したように、砂利を踏む音が小さく響く。
「毎日律儀に見物してンじゃねェよ」
薄汚れたコンクリート壁に背を預け座り込んだ影は、非合法な世界には似合わない程に柔らかかった。
血よりも赤い瞳と視線を合わせた少女はゆっくりとした動きで立ち上がり、スカートに張り付いた土埃を払う。鋭い眼光に、動揺一つ見せない。
殺された『自分』を見やって、ほんの一瞬瞼を落としただけの少女の呼吸は落ち着いていた。殺した側の眉が、不機嫌に潜められる。

本来あってはならない色だと、一方通行はぼんやりと目の前の少女を眺めた。
頭の狂った大人共が提供し、頭の狂った怪物が作り上げた世界には相応しくない。
壊された一部が貼り付いた廃墟ビルの壁、地面に転がるまだ温かな屍、屍を嬉々として踏みつける少年。
異常が正常となった世界に難なく溶け込んでしまう微笑みは、何よりも気味の悪いものだった。異様で、ひどく穏やかに存在している。

地面に流れる血が汚れ一つないローファーに届く。それを気にする様子も無く、少女は嬉しげに頬を緩めた。たった今死んだばかりの癖に、まるで自覚が無いかのように。
けれどそんな光景を目の当たりにしても、一方通行は驚きはしなかった。もう慣れてしまったのだ。
慣れてしまう程度には、経過していた。何度も何度も繰り返し死に様を見てきた、少女と共に過ごす時間を。

「実験お疲れ様!今日でジャスト一万回だったのよ、ってミサカはミサカはお祝いムードであなたを労ってみる」

























2012/12/09


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