それは生きているならば誰もが持ち得るものだ。
人はそれを向けられた時、幸せを(そして時には疎ましさを)感じる。
人はそれを向ける時、自分の中の薄汚れた部分に気付く。

それは誰もが持ち得るものだ。生きているのだから、魂があるのだから。
だけど。



「あなたにはもうちょっと愛想ってものが必要かも、ってミサカはミサカは指摘してみる」
本心からどうにかして欲しいと思っていた訳では無い。
なんとなくの気分でそんな提案をして、即答速攻大否定をくらったのはいつだったろうか。
それをきっかけに当の少年が辺りに笑顔を撒き散らすという奇怪な事はなかったが、今思えばそれが自分にとっても正解だったのかもしれない、と打ち止めは思う。

十回お願いをしてようやっと聞いてくれる一回。ごくたまにの一緒の外出で訪れたのは、平日で比較的人の少ないショッピングモールだった。
特に気になる店も無い一方通行を連れまわす形で、打ち止めはあちらこちらの店へと足を向ける。
その中で見つけたひとつ。打ち止めが思わずじいと見つめてしまったワンピースを無言で奪い去って行ったのは、勿論一方通行だ。
「も、もしかして買ってくれるの…?ってミサカはミサカはあなたの後をついて行ってみる」
「見すぎだろォがよォ」
一方通行は手にしたワンピースのタグに表記されたサイズだけを一目確認してレジへと向かう。
後ろから慌てた足音が聞こえてくるが、彼は振り向きもしない。
店員の立つカウンターへ辿り着くと、一方通行は無言でワンピースを差し出した。
仕事用ですと言わんばかりの高い声で女性店員は彼を迎え入れる。客を見て、そして商品を見る。
傍にいる少女の存在にも気付いていた店員は、ワンピースと一方通行の組み合わせに疑問を持つ事は無かったようだ。
レジスターに表示された数字を見て、打ち止めは初めて自分が欲しがっていたの物の値段を知った。思わずあっと声が出てしまうが、当の一方通行はなんともない様子で後ろポケットから財布を取り出す。
一方通行の手がふと止まった。彼の視線が、ガラス張りのカウンターに備え付けられた商品棚に向けられてる。
「あ、そちら今日入荷した新作なんです」
潔く客の態度に気付いた店員は、私も持ってるんですよと、棚に飾られているのと色違いのブレスレットを嵌めている手首を掲げてみせた。
一方通行は店員の手首を確認し、そしてやはり無言でブレスレットを手に取る。
「えっ、なになに?ってミサカはミサカは覗いてみる」
打ち止めはぴょんぴょんと跳ねながら一方通行の手元を覗こうとするが、見る事は叶わない。分かった事といえば、再び表示された数字が決して安いとは言えない事だった。
惜しげもなく手渡されていく数枚の紙幣を見送りながら、打ち止めは一方通行のシャツの裾を掴み軽く引っ張っる。
「あン?」
掴まれて、一方通行は初めて打ち止めを見た。ワンピースはやりすぎだと思える程丁寧に畳まれていく。

高いから申し訳ないだとか。どうしていつも値段を確認しないでレジに出してしまうのかだとか。
言いたい事はいくつもあって、いくつもあったけれど、打ち止めはわざわざそれを言葉にはしない。
言ってみたところで彼にとってはどれもがクダラナイ事であり、何より自分自身の心の一番前にある気持ちはただ一つだった。
「ありがとう。嬉しいな、ってミサカはミサカは感謝の気持ちを表してみる」
一方通行の眉がピクリと動き、唇からはため息が漏れるが、それは照れ隠しだと知っている打ち止めは満足げに微笑んだ。
「お待たせ致しました」
「わーい!ってミサカはミサカは腕を伸ばしてみたり」
両手を伸ばす打ち止めを無視し、一方通行が店員の手から店名のプリントされたビニール製のバッグを受け取る。
店員の目が一瞬丸く開かれて、それから彼女は一方通行の顔を失礼と取られない程度に見つめた。
彼が気付くと視線はすぐに外される。だけどそれは再び戻されて。
「ありがとうございました」"仕事用"じゃない、笑顔と声で。

多分それは、深い意味など無いのかもしれない。単純に微笑ましいだけだったのかもしれない。
別の第三者ならば、そんな風に感じ取る事だって出来ただろう。
「……」
だけど、少女にはそれが出来なかった。
たった数秒前までじんわりと温まっていた心臓に、チクリと何かが刺さったような感触を得る。
胸のあたりが圧迫されて、息が止まった気さえした。打ち止めは自身の胸に手を当てて、音を立てぬよう注意しながら酸素を取り入れる。
(……あ、れ?)
だが酸素を取り込んでも、彼女のざわつきは収まらない。―――どうして。
「オイ」
「…っ、あ、…なにかな?ってミサカはミサカは聞いてみる」
突然植えつけられた"何か"に対処する事も出来ず、唐突に現実に引き戻された打ち止めは小動物のようにビクリと震えた。
「あ?なンだよ?」
彼女は、自身の動作が可笑しなものであると瞬時に理解した。それはつまり、一方通行に伝わっていない訳がないという事だ。
すぐに取繕うとして、しかしそれでは余計に挙動不審になるだけだと気付いた打ち止めは、結局何もする事が出来ない。
「……、喉渇いた。どっか入ンぞ」
「っう、うん、ミサカ、パフェが食べたい、ってミサカはミサカは上のカフェに行く事を希望してみる」
急激に態度の変わった打ち止めに一方通行が気付いているのは明らかだった。
だというのに、彼は少しばかり表情を歪めただけでそれ以上は何も言わないし、聞こうとしない。
そんな一方通行の気遣いとも取れる行動に、打ち止めの心臓は再び締め付けられる。

聞かれたい、聞かれたくない、答えたい、答えたくない……答えられない。

何もかもが分からない。どうしてどうして、なんでなんで?
自身に対する疑問ばかりが募って、体が一気に重くなる。

一足先に歩き出し、店を出て行く一方通行を見つめ、打ち止めは叫びだしそうになるのを堪えながら小走りに彼の後を追った。



























2011/01/24
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