「ねぇあれって美味しいの?ってミサカはミサカは興味津々で尋ねてみたり」

漂う甘い香りを、小さな鼻をクンと動かし嗅ぎながら、見た目10歳の少女は傍らの少年に話しかけた。
「あァ?」
話しかけられた少年は鬱陶しそうに少女に振り返り、そして鬱陶しそうに彼女の指差す先を見る。
「…知らねェ」
視線の先を怪訝な目で見つめた少年は、やはり鬱陶しそうに答えた。
一気に距離を置きたくなるようなオーラを放つが、少女は気にも留めていない。
「もしかして食べた事無いの?ってミサカはミサカは小首をかしげてみる」
一方通行と呼ばれる彼は、白い髪を白い手でかき上げた。随分と伸びてきている。が、彼はまだそれを切るつもりは無い
「俺があンなモン食うと思うのかよ」
少女は、小さな顔に浮かぶ大きな目で数度瞬きすると、人差し指を空に向かい立てる。
「甘党なアクセラレータっていう意外性は結構ありかも、ってミサカはミサカはちょっぴり想像してみる」
打ち止めの頬が若干緩んでいる。
一方通行は、彼女の頭に何が浮かんでいるのかを一瞬想像しかけて、すぐにやめた。

彼女の指す"それ"を美味そうに頬張る自分――考えたくも無い。

脳内にぼんやりと残る残像を払いのけ、一方通行は止めていた足を再び動かした。
だが1歩進んだところで、足は動かなくなる。
下を見ると、小さな腕が2本、慌てた様子で彼の腰あたりを掴んでいた。
「かっ、帰っちゃうの!?ってミサカはミサカは予想外の展開に驚愕してみたり!」
「ンだよ」
盛大に眉を潜めた一方通行を見て、打ち止めはこちらのほうが心外だとばかりに衝撃に唇を歪めた。
「い、今の展開は"じゃあ食べてみよう"ってなる所じゃないの!?ってミサカはミサカは尋ねてみたり!」
ていうか食べたいの!ってミサカはミサカは心の内を素直に吐露してみたり!

打ち止めの唇から飛び出した案の定の発言に、一方通行はため息を吐き出す。
彼は打ち止めを見つめ、そしてちらりと先ほど目に入った看板を見る。

複数のパステルカラーで彩られた丸いフォント、その周りを派手に装飾するイラスト。
そして決して大きくない窓口から飛び出す店員の甲高い声。

何度見ても、看板には"クレープ"と書いてあるし、何度聞いても、店員の口は"ク" "レ" "−" "プ"の順番に動いていた。

「……」

一方通行は数秒間考えて、そして細身のパンツのポケットに仕舞い込んである財布を取り、紙幣を1枚抜き出す。
「ひとりで勝手に買って来い」
無駄に威圧感たっぷりで差し出された紙幣を、打ち止めは目一杯細めた目で見つめた。
「ンだよ。いらねェのかァ?」
「…ミサカはあなたと一緒に食べたいの、ってミサカはミサカは叶う確立の低い願いを述べてみる…」
紙幣を見つめたままの目で、打ち止めは一方通行を恨めしそうに睨みつけた。
可愛らしい少女が、不機嫌に可愛らしいお願いをする。
その姿はきっと世界中の誰もが願いを叶えてあげようと思うに違いなかった。
肝心の中身が「一緒にクレープ」となれば尚更だ。

だがしかし、一方通行という男はそんな愛らしい生き物を目の前にして、顔色ひとつ変えようとしない。
何者にも屈しない彼は、唯一目の前の小さな女の子には弱いはずだった。
彼は彼女が傷つくのを嫌い、彼女の為に何度でも命を張る。
だけどこの場所は戦場ではないし、守るべき少女は、傷付くどころかいつだって駆け出して行こうとする程に元気だ。

一方通行はただ一言だけ答えた。
「いらねェ」





5分後。白い少年と10歳程の少女はクレープ屋の列に並んでいた。
「…クソッ」
ぼそりと呟く忌々しげな声は、少女に届くことは無い。
あまったるい香りが一方通行の体中にまとわりつく。
出来るならば反射してしまいたかったが、こんな事でチョーカーのスイッチを切り替えるのもくだらない。

店舗前にある大きなクリアケースの中に並ぶ、本物かと見紛う程精巧に作られたクレープの見本たち。
打ち止めはそのケースにべったりと手をつけて、瞳をキラキラと輝かせ、どれにしようと音符を四方八方に飛ばしていた。
「いちご…チョコ…マロン…」
何がそんなに楽しいものか。3軒先にあるファーストフード店のフライドチキンの匂いのほうがよっぽど魅力的だと、一方通行は思う。

と、偽者のクレープを必死に見比べていた打ち止めが、ぐるりと振り向いた。
「ねぇ、あなたは何がいい?ってミサカはミサカは聞いてみる!」
「…だァから、俺は食わねェつってんだろォがよ」
「ここまで来たんだから食べようよ!ってミサカはミサカは説得するんだから!」
打ち止めはケースを指差し、空いた手で一方通行のシャツの袖を掴んだ。彼はチッと大きく舌打ちをする。
彼らの前後に並んでいる女子高生の肩がびくりと震えた。
「一緒に並ンでやってンだ。そンだけで充分だろォが」
彼の声が、不機嫌に色を変える。前後の女子高生はまたひとつ肩を震わせた。
だが肝心の打ち止めは、それを気にする様子も無い。
どころか、更に一方通行を掴む手に力を込める。痛くは無い。
「ミサカはふたつのクレープを半分こして食べ」
言葉は最後まで続かず、不機嫌を通り越し不愉快に染まった彼の声によって遮られた。
「よォく動くその口、塞がれてェのかクソガキ」
その少年が学園都市第一位の"一方通行"だと知らない女子高生達は、しかし確かに感じる大きな黒い渦に、遂に体を震わせ始めたのだった。

まるく純粋な瞳が一方通行を映し出す。
食べたい!食べたい!食べよう!一緒に!
「……」

もう一度言おう。一方通行は、唯一、目の前の少女にだけは弱い。


「クソッ……お前が選べよ」

パッと顔に花を咲かせた少女を横目に、一方通行はちっとも楽しく無さそうにクレープを選び始めた。























2010/09/25

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