しまった。そう思った時には遅かった。
ほとんど距離の無い状態にある少女の顔は、まさに時が止まっているようだ。

そういう性的嗜好がある訳では無い。
いや、無かった、と言った方が正しいのだろうか。今の学園都市第一位にはそれが分からなかった。
実際、少女と同じような年頃の人間を見ても彼は特に何とも思わない。
そう、少女にだけだった。だからつまり。結果を言えば。
…いや違う。偶然、少女がまだ"少しばかり"成長過程なだけだ。
そこまで考えて、一方通行は自分の頭をぶん殴りたくなった。
(……世の中の変態共は全員がそう言い訳すンだろ…)


どうしてこんな事になったのか、たった数分前の事をもう思い出せない。
ただいつもソファで寝転んでいる側で、いつも通り打ち止めが忙しなくウロチョロとしていて
時たまこちらに絡んでくるのが鬱陶しいのでその都度チョップをお見舞いしてやっていた。

気がついたら目前にあった小さな少女の顔。
薄いピンクに染まった頬は、やたらと柔らかそうで。
やっぱり薄いピンクに染まった唇は、もっと柔らかそうで。

触れてみたら、熱かった。


「……オイ」
自身の行動に戸惑いながら、一方通行は決してそれを顔に出さない。
極力冷静を装って、目を見開いたままちっとも動かなくなってしまった少女に彼は声をかける。
「……っ!」
細い肩が大きくビクついて、思い出したかのように瞬きが繰り返される。
えっと、えっと、えっと、ええっと。
挙動不審とはこの事だろうとばかりに、打ち止めはあたりをキョロキョロと見回す。
一方通行はしばらく(あくまで彼基準で、だ)彼女の様子を眺めていたが
キョロキョロと彷徨う視線は、一向に真ん前にいる一方通行には向けられない。

「オイっつってンだろ!」
痺れを切らした彼は、白い両手を使って少女の頬を思い切り挟み、無理やりその動きを停止させた。
うぐう、と苦しげな呻き声があがる。
「ふぁ、ふぁなしへっへ、ミファカはミファカは」
「何言ってンか分かンねェ」

それからたっぷり30秒、頬をふにゃりと潰された幼い少女と、白い少年は睨みあう様な形で体制を保っていた。
酷く間抜けで奇妙な光景だったが、本人達はそんな事を知る由も無い。
そうして充分に睨み合った後、一方通行は大きく溜息をついた。
置いている両手の位置はそのままに、込められた力を抜く。

「……ミ、ミサッ、…ミサカは…混乱中なんだけど、って、ミサカはミサカは伝えてみる…」
諦めたように視線を合わせながら呟く声は尻すぼみで、最後のほうはほとんど聞こえない。
一方通行はそォかよと一言返すと、マシュマロのような頬からゆっくりと手を離した。
混乱なんて、自分だってしている。勿論そんな事を言うつもりは無いけれど。
真っ赤になって、泣きそうな顔をしている目の前の少女。
それは何を意味しているのか―――率直に問う勇気すら、無い。

もう頬を押さえなくても外れなくなった視線を合わせたまま、無言が続く。

(…俺は)
何を、求めているのか。何を、手に入れたいのか。
自身の心を解き明かそうとすればする程に、みっともない己が曝け出されていくようで
それは益々一方通行を雁字搦めにさせた。
これからどんな態度を示せばいいのか、どんな言葉をかければいいのか。
最良であろう答えは複数頭に浮かぶのに、彼はそこから動けない。


(…だァから)

認めてしまえば、楽になるのに。

そしてもう一度、この腕を伸ばせば。























2010/09/25

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