素足がフローリングを踏む音が扉の向こうから聞こえて、一方通行は浅い眠りから目を覚ました。
ペタペタペタペタ。
湿っぽい足音は案の定この部屋の前で止まる。
一方通行は声には出さず、目も開けず、ただ胸中で溜息をつく。
こうなるのは予想がついていた。
だから言ったンだ、さっさと離れろって。


初めて見る映画の数々を打ち止めはすっかり気に入ってしまい、ロードショーを見るのはもはや彼らの日課となっていた。
尤も、その内容に入り込んでいたのは打ち止めのみで、一方通行は画面を眺めていただけ、と言ったほうが正しいだろう。
とりあえず、今日は敵意充分なエイリアンが地球侵攻するという、割と有名でありきたりな映画が放映される日だった。

21時。きちんとソファの上で寝そべっていたのは意外にも少年のほうだった。
肝心の少女はすっかり長湯を決め込んでしまったらしい。
少年は、オーイ映画はじまったぞ、などと親切な言葉をかける人間では無かった。
忘れている奴が悪い。以上。
結果、放映時間を数十分程過ぎて慌ててバスルームから飛び出してきた打ち止めは
ビショビショに濡れた髪から水滴を垂らしつつ、必死でテレビに噛り付く事となる。
噛り付いたところで見逃した分を取り返せる訳もないのだが、少女の顔はいつも以上に画面に近い。
初めこそ離れるように注意を促していた一方通行だったが、それは幼い耳には届かなかったようだ。

数歩先にいる少女をテレビから引っぺがそうと額に怒りマークを貼り付けながら一方通行が重い腰を上げた時、それは訪れた。
「オイ、てめェいい加減に…」
画面の中からドン!という大きな音と共に、少女は声にならない悲鳴と共に思い切り尻もちをつく。

薄型の大型テレビに映し出されていたのは、なんだかでろでろしたエイリアンに体を乗っ取られた挙句
ガラスに投げつけられた憐れな研究員らしき男の若干グロテスクなドアップだった。
幼い女の子にとって、それは究極のホラーだったようだ。
「……っ」
打ち止めは勢い良く振り返る。その目の淵に水分が浮かんでいた。
ソファから立ち上がりかけていた一方通行は彼女のその様子を目にすると、再びその場に腰を下ろす。
どうやら首根っこを掴む必要は無くなったようだ。
「いっ、今のは今のは卑怯だと思うのってミサカはミサカはああああ!」


例えば真夏の心霊番組だとか、それが苦手なクセに見てしまう、というよくあるパターンに当てはまるのが打ち止めだった。
考えてみれば、少女は作り物の恐怖なんかよりもよっぽどのものを経験しているはずだが、それとこれとは別らしい。
結局夜は眠れず、もしくは頑張って眠ってみても夢の中から叩き出されてしまう少女は
その都度一方通行のベッドに潜り込もうとする、というのが一つの形式として完成していた。
今日に限って例外が起こる訳では無かったらしく、やはり打ち止めは深夜にこっそりとやってきたのだ。
いつも通りの位置でテレビを見ていればそれ程のショックを受けなかっただろうに。
「…おーい、ってミサカはミサカはあなたに囁きかけてみる」
当然ながら一方通行は答えない。僅かに眉を潜めただけで、彼は首を壁側に向ける。
一言も肯定しているつもりはないのだが、この心地よい眠気の中、わざわざ怒鳴るのも面倒で無言でいる彼は
傍から見れば結局OKを出しているのと一緒だった。
残念なのは、それを指摘する者が今この場にはいないという事だ。

そうして自分のものよりも高めの体温が布団の中に入り込んできたのを感じて、一方通行は一瞬だけ薄目をあけて、

「……何してンだオマエ」

すぐに閉じるはずだった、が。

気付いた時には自然と口の中から言葉が飛び出ていた。
「やっぱり起きてたんだねって、ミサカはミサカは頬を膨らましてみたり」
「起きてたンじゃねェ、起こされたンだ」
壁に向けたばかりの首を戻して、一方通行は今度こそしっかりと目を開いていた。
カーテンの隙間から月明かりが入り込み、うっすらと彼らの姿を映し出す。
彼はもう一度同じ質問を繰り返した。
明らかに自身の腕を枕のようにしている、目の前の少女に。
所謂"腕枕"だが、どうにも、一方通行はその単語を浮かべるのが嫌だったらしい。

一緒のベッドに眠るのは、映画云々の理由から初めてでは無い。
敢えて言い訳をさせるならば、最初のうちは断固拒否していた少年が、めげない少女に負けたという経緯がある訳だが。
とにかく、二人が一緒に眠るのは初めてでは無かった。

だがどうだろう、今のこの状況。
腕の上に乗っかった人の頭の重さ。どう考えても初めてだった。

「重い。避けろ」
一方通行は初めての経験に特に何の感想も感動も持たず、ただ一言言い放つ。
だがそこで、はいそうですかと素直に従わないのが打ち止めだった。
「ミサカは重くないもん!ってミサカはミサカは女の子らしく拗ねてみる」
ムッと口を窄めた打ち止めは、それとも、と嫌味っぽく続ける。
「女の子ひとり腕枕出来ない程あなたって貧弱なの?ってミサカはミサカはあなたの体力に疑問を抱いてみたり」
「あァ!?」
我儘を通すための言動だ、と頭では分かっていても
自分でも自覚している細い腕を指でトントン叩かれながら言われると、腹が立ってしまうのが人間というものだ。
一方通行は思い切り眉間に皺を寄せた。
整った顔が歪むのを目前に、打ち止めは僅かに肩を竦めそうになったが、それでも引き下がらない。
大好きな人の腕で眠りたいと思うのは、女の子であれば持っていてもおかしくはない願望だ。
ぐぐ、と駄々をこねる子どもみたいに唇を一度引き締めた打ち止めは
あと一言余計な事を言えば、自身をベッドから放り出すに違いない一方通行をじいと見つめる。
こんな時、挑戦的な発言をしてはいけない事を、少女はよく知っていた。

「う、腕枕して欲しいんだもん、ってミサカはミサカはあなたにおねだり…」























2010/10/02

inserted by FC2 system