実験という尤もらしい理由を元に、同じ遺伝子を持つ命を消してきた回数は一万以上。
一万人を殺してきた彼は今、殺してきた少女達と同じ遺伝子を持つ、彼女達よりも幼い少女の側にいる。
なんという皮肉だろう。殺してきた腕が、今は愛おしさに溢れている。
こんな事は許されるのか、神様とやらに問えばどんな答えが返ってくるだろうか。
罪は消せない、消してはいけない、消すつもりも無い。
それでも彼は少女を、離したくは無いと、強く、強く願う。



「アイスが食べたいなあ、ってミサカはミサカはおねだりしてみる」

膝の間に座り込んでいる打ち止めが、一方通行を見上げながら言う。
贅沢な程に暖房の効いている室内。今はほとんど冬に近い秋だった。
「なンでこのクソ寒ィ日にわざわざアイスなンだよ」
アホ毛(と呼ぶとその持ち主は怒るのだが)を指先で弄びながら、一方通行は窓へ視線を配らせる。
外との気温差で結露の出来たガラスの向こう側へ行くのは好ましくない。
生きるのに最低限の脂肪と筋肉しかついていない彼の体は、寒さに強いとは言い難かった。
「寒い日にあったかい部屋でアイスを食べるのって贅沢だと思う、ってミサカはミサカは説得してみたり」
アイスアイス!
やたらと自慢げに、えへんと腕を組みながら打ち止めは繰り返した。
口の中はもう好みのアイスクリームの味になっているのだろう、次第に足元が落ち着く無くなっていくが、
「めンどくせェ」
そんな事は一方通行にとってはどうでも良い事だった。
せっかく暖かい場所でぼうっと過ごすという至福の時を過ごしているのに、何故わざわざ冷たい風の吹く場所へ行かなければならないのか。
「で、出不精!ってミサカはミサカはたった数分先のコンビニにも行こうとしないあなたに抗議をしてみたり!」
「うるっせェなァ、そンなに食いたいなら一人で行けよ」
「……あなたの判断基準ってよく分からない、ってミサカはミサカはぶーたれてみたり…」
普段は一人で外出する事にあまり快い顔をしないくせに、打ち止めは頬を膨らませた。
まだ幼さの残るその愛らしい表情は、出会った時と同じ面影を残している。
彼女と出会った当時の自分は、まさか今のこの状況を想像もしないだろう。
我ながらヒドイ変貌っぷりだ、と一方通行は背もたれにしているソファの座席に肘をついた。

「行こうよ行こうよコンビニー、ってミサカはミサカはおねだりしてみる」
「近ェ」
ぐ、と全身を寄せてきた打ち止めの顔を片手で制止ながら、一方通行はわざとらしい溜息を吐いた。

時の経過と共に少女の体は成長し柔らかさを増していく。
だと言うのに、少女の中身は全く持ってそれらしい変化を見せてはいない。
いつだってなんの迷いも無くベタベタと触ってくるし、寄って来る。
少しくらいは恥じらいというものを持ってもいいのではないか、と思わない事も無い訳では無い。
「ねぇねぇアイスアイス」
だが彼は、少女がそういった態度を取るのは自分に対してだけだという事もよく知っていた。
「……だから、近いンだっつうの」

――息を呑む。訪れる静寂。
唇と唇の合わさった小さな音だけが、二人だけに届く。

「……と、唐突すぎるよ、ってミサカはミサカはちょっと戸惑ってみたり…」
「あン?近いっつったろ」
「そうだけどでもでもでも」
一方通行は、うるせェとひとつ呟いてから再び打ち止めの唇を塞いだ。
暖房の効いた室内よりももっと熱い。
少し力を込めればすぐに折れてしまいそうな細い腕を掴み引き寄せる。
「んぅ…!」
薄く目を開けた先で打ち止めが眉を寄せぎゅっと瞼を閉じているのが見えた。
嫌がっているのでは無く、いつまで経っても慣れないのだ。
息継ぎの上達しない少女の為に一方通行が僅かな隙間を作ると、小さな唇がぷはっと息を吸う。
「いつまで経ってもヘッタクソだなァ」
吐息のかかる距離の会話は表面上は全然優しくないのに、それでも二人のいる空間は溶け合っていた。

完全に力の抜けてしまった打ち止めは、ギリギリで体を支えるようにその両手を一方通行の肩にかける。
徐々に濡れ始めた唇が水音を立て、ただキスをしているだけなのにやたらと艶を持ち始めた。
細かい息継ぎを繰り返し、何度も何度も繰り返す。
「あ、うぅ……ミサカはアイスが食べたかったのに、ってミサカはミサカは…」
「まだ言ってンのかよ」
潤む瞳の端から流れる雫を、一方通行の指が拭った。
「敢えて意地を張ってみるんだから、ってミサカはミサカは主張してみたり」
「言っちゃ意味ねェだろ」
「……っ」
打ち止めの唇に生々しい舌の感触が這う。 彼女は肩を震わせ、とうとう全身を凭れ掛からせた。
一方通行の手が撫でるように背中に回る。心臓の鳴る音が直に響く。
女というには程遠く、けれど彼の心臓をくすぐるには充分な、あかく染まった顔で打ち止めは一方通行を見つめた。


少女を、欲してもいいのだろうか。触れてもいいのだろうか。
その答えなど、既に彼は必要としていない。
世界中がNOを突きつけようと、迷わない。少女を離すつもりなど無いし、触れたいだけ触れてやる。


「あのね、やっぱり一緒にコンビニ行きたいな、ってミサカはミサカはあなたをお誘いしてみる」
「しつけェな、……後でなら行ってやる」

嬉しそうににっこり笑う打ち止めの痛みの無い髪を撫で、一方通行は再び顔を寄せる。
抵抗ひとつなく近付く、彼の慈しむべき少女。
甘いデザートの前に、もっともっと甘くとろける口付けを。























2010/11/06
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