きっとこれが最初で最後。


随分と髪が伸びたと思う。
青空の下、熱気を含んだ初夏の風が繊細なミルクティー色の髪をなびかせた。
一歩先をいく少女の足取りは、今にも走り出さんとばかりに軽い。なびく髪から垣間見える整った顔立ちは、男の心をそっとくすぐる。
ガキだガキだと言い聞かせては無理矢理に絶っていた感情を、隠す事はとっくに諦めていた。
どんなに似合わなくとも、"人間"としてごく当たり前の感情なのだと自分を納得させるのに、多少の時間はかかったものだが。
少女のそれと同じく、まるで女のように繊細な白すぎる程に真っ白な髪を、風が撫でる。
男は鬱陶しそうに額に貼りつく前髪を避けて、赤い瞳を持つ目を細め唇を動かした。
「オイ!」
男の声を背中に受けた少女は目をパチクリとさせながら振り返ろうとして、直後、彼女の視界は大きくズレた。


「オマエは注意力が足りねェから、すぐにこけンだよ」
「う、…で、でもさっきのはあなたが急に声をかけるからじゃないかな、ってミサカはミサカは責任をなすりつけてみたり」
「なすりつけンな」
いつものように一方通行の隣に並んだ打ち止めは、俯きがちに二の腕まで伸びた髪を指でいじり、拗ねた唸り声をあげた。
目的のある外出になるとしょっちゅう段差に躓く彼女は、その都度一方通行に腕をとられ地面とキスする事を免れている。
頭の中がそれでいっぱいになり、ただでさえ脳天気な頭が更に注意力散漫になるらしい。
わざとらしくつま先に力を入れて歩く打ち止めの横で、一方通行はふうと溜息をつく。横目で見た彼女の横顔は、年齢よりも子どもらしかった。

やたらと子供っぽくて、その癖たまにふと見せる大人びた雰囲気に、気がつけば振り回されている。




見ただけで胃が重くなりそうなクリームを口いっぱいに頬張る打ち止めの向かい側で、一方通行は珈琲の入ったカップに口をつけた。
腰掛けた隣の空席に置いた大量の買い物袋を視界の隅に入れ、苦味の強い液体を喉に流す。中身は全て、目の前の少女のものだった。
財布の中身も口座の残高も特に気にかける必要は無い。
気にすべき点は、これを少女の我儘で仕方なく買ったのではなく、欲しそうに見ているものをとりあえずレジに持っていかせたという事実だ。
何でもかんでも金を出せば良いなんて考えは持ち合わせていない。だが、だからといって買ってやれるものを買ってやる事は別段損でも無いだろう。
そこまで考えて、一方通行は自身の思考に気だるい疲労を感じた。なんとも、馬鹿野郎だ。
時には買い与えすぎて、打ち止め本人から無駄遣いはダメだと注意を受けるのだから酷い。彼女と出会ったばかりの頃の一方通行が今の彼を見たら、きっと頭を抱えたくなるだろう。
それでも少女への気持ちを変えるつもりは無く、また変えられる訳も無い。気がつけば重みを増していた好意を、除く事など不可能だ。
事あるごとにごちゃごちゃと考えてみるが、結局は常日頃自分に呆れてしまうレベルにまで深みに嵌ってしまっている。
「どうかしたの?ってミサカはミサカはなんだかボーッとしているあなたを覗き込んでみる」
「……別にィ」
一方通行は、丸い瞳で伺ってくる打ち止めを数秒見つめた。一つも荒れていない血色の良い肌に手を伸ばすと、頬は瞬時に薄い桃色に染め上げられる。
少女は慌てて周囲に視線を配らせるが、生憎、何組もいる男女の内の一組が軽く触れ合っていたところで誰も気にかけなどしないだろう。
見間違いなんてドッペルゲンガーでも無い限りあり得ない風貌の為、店内に知り合いでもいれば話は別だが。そんな微妙な可能性よりも、今は優先すべき事がある。
薄くリップクリームの塗られた唇の端を、一方通行の指が少々乱暴に拭う。指先についた生クリームを見せると、打ち止めは何事かと瞬きを繰り返した後、ぎこちなく笑ってみせた。
「え、えへへ…ってミサカはミサカはお茶目アピールを」
「ガキ」
呆れ声で呟きながら、一方通行は甘ったるい砂糖の味に顔を顰めた。親指についた生クリームを無意識に舐めとってしまった事に気付く。
「……」
観葉植物の置かれた店内。忙しなく動きまわる店員。響く人のざわめき。何組もいる男女の内の一組に、いちいち注目している者などはいない。
というのはつい先程考えた事である。そう、こんなバカげた行為をいちいち目に止めるつまらない人間など、いるはずがない。
(そォいう問題じゃねェだろ)

甘ったるい。何もかもが、甘ったるい。
触れた唇の柔らかさの余韻。流しこむ珈琲の苦味だけでは、もう足りない。
味も感触も、零れる吐息の熱さも声も、すべてを知ってしまった。今こんなにも世話のかかる幼さの消えない少女の、他の誰も知らない、アンバランスな女としての全てを。
良い女ならきっとそこら中に溢れてる。それでも捉えるのは欲するのはこの少女だけだと、一方通行は笑えるくらいに自信があった。
甘ったるい甘ったるい、こんな無様で温かな感情は、一生の内でたった一つで十分だ。
だからそのたった一つの感情を、思い切りぶつけたっていいだろう。

「……馬鹿だな」
「えっ、何か言った?ってミサカはミサカは耳を済ましてみる」
「…ガキだっつったンだよ」
二回目に拭った生クリームは、さっきよりももっと甘い。























2011/05/31
ベタボレータが書きたかったんです

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