ゆらりと上へ向かっていく煙をただなんとなく追っていくと、空があった。
学園都市という、科学という科学で造られた街の上に浮かぶ夜空に満点の星が広がる事は無い。
少年はこの街以外の夜空を見た事が無い。国外へ出た事ならば数回あるが、どれも悠長に空を見上げる暇などありはしなかった。
輝きの少なさに嘆く事は不要だ。なんせ比べる対象が存在しない。だから、彼にはこの空で充分だった。
小さな雲のように固まっていた煙は、やがて散り散りになって消えていく。消える瞬間を見届けて、一方通行は再び煙草を口に含んだ。

別に、意味なんてなかった。
世間よりも少しばかり遅れた反抗期では無い。そもそも、それを言うならばもっと笑えない事をやってきている。
つまらない冒険心が生まれた訳でも、憧れを抱いていた訳でも無い。
冗談っぽく勧められたものをただなんとなく、時たま思い出したように口にしているだけだ。美味いも不味いも無い。けれど、ほんの少し落ち着く気がするのも確かだった。


煙を吐き出し続ける煙草の灰を灰皿に落とし、そのまま押し付ける。まだ半分以上残っていても、惜しい気持ちは微塵も生まれない。
火の色が消えたのを確認しながら、一方通行は振り返る。リビングに見えるのは電源をつけたまま放置された大型のテレビだけだったが、彼は構わずに声帯を震わせた。
「オイ」
無言のまま様子を伺っていると、向こう側からまず現れたのはアホ毛と呼ぶにふさわしいアンテナが一本。
「いつまで覗いてやがるンですかァ」
わざとらしく声のボリュームをあげ話しかけると、厚手の遮光カーテンの向こうからアンテナの持ち主がそっと姿を見せた。
「ば、ばれてた?ってミサカはミサカは愛想笑いで誤魔化してみたり……」
「俺が気付かねェ訳あるかよ」
顔を出した打ち止めの頬はほんのりと上気し、明るいブラウンの髪は水に濡れ色を濃くしている。
ただでさえ無愛想な表情は、そんな少女を見つけた途端に険しく変化した。
風呂上りに水滴をたらして歩くのは、一体これで何度目になるだろう。床には既にいくつかの歪んだ丸が落ちている。
確かに今は夏で、ドライヤーを数十秒当てるのも鬱陶しい。が、打ち止めの場合はそれ以前の問題だ。

小さな足がベランダに降りようとする前に、一方通行は打ち止めの元へ辿り着く。
細い肩を覆うようにかけられたバスタオルを掴み取る。まんまるの目が一瞬見えて、すぐに柔らかな白い生地に隠された。
「うぐうっ!もっと丁寧にして、ってミサカはミサカは注文を出してみる」
「文句があるなら自分でやれ」
くしゃくしゃになった髪を手櫛で直しながら怒る打ち止めを片手であしらって、一方通行はそのまま窓際に腰を下ろした。
低くなった視線は、自分よりもずっと背の低い少女のそれと丁度合う。
「よく飽きねェよな」
心底呆れている言わんばかりに、一方通行は大きなため息をついた。それは、毎日髪をびしょ濡れにしている事への皮肉では無い。
一体何が面白いのか、タバコを吸っている時に視線を感じる確率はほとんど百と言っても良い位くらいなのだ。

これでは本末転倒だ、と一方通行は心の中で呟く。
大体、どうして毎回わざわざ外で、それも周りに誰もいない時に吸っているのか、このガキは分かっていない(気にしていない可能性は考えないようにするとして)。
過保護だなんだと言われる事はよくあるし、いちいち反論するのも面倒になってきている所ではある。
けれど、所謂副流煙というものをコドモに吸わせないように配慮するのは、きっと一般的な思考の範囲内のはずだ。
相変わらず学園都市の第一位に君臨し、知りもしない人間からすら恐れられていたって、今やそんな順位も評価も知った事では無い。
たった一人の少女に親身な気持ちを持つ事は、既に当たり前になっていた。他には微塵も向けない感情だとしても、彼女にだけは注ぐ事に疑問すら感じない。

「もう吸わないの?ってミサカはミサカは期待の眼差しを送ってみる」
ふと思いだしたかのように、打ち止めは首をかしげた。瞳が輝いているのは、気のせいではないだろう。
ステンレスの灰皿の中で形を崩した細長いタバコを覗き込もうとする首根っこをつかんで、無理やり引き離す。
「ちょ、ちょっとそれは乱暴だし過保護すぎるかも!ってミサカはミサカは抗議してみたり!」
「うるっせェ」
保護の対象者当人にまで言われてはどうしようもない。
情けなさを打ち消すように、一方通行はほとんど八つ当たりの形で打ち止めの頭を小突く。
「ミサカはタバコを吸うあなたの姿が好きなの、ってミサカはミサカは大胆告白してみたり」
「あー?」
言われた言葉にいまいちピンと来ず、間の抜けた声が出てしまった。鏡で見た事がある訳では無いが、別段大したものではないように思う。
肩に置かれた小さな手に、ぎゅっと力が篭るのが分かる。分かった時には、視界を埋め尽くされていた。
たった一瞬の間だったとしても、それは一方通行にとって大した事では無い。充分な時間が、彼にはあった。
それでも、掠める程度に触れた生ぬるい体温を退けられなかったのは、その感触の心地良さが訪れる事に少なからず期待が生まれたからか。
離れていく打ち止めの頬は、湯上りとは別の理由で色を変えていた。
はにかむ彼女を見て、口の中に残る煙の味を思い出す。一方通行は迷わず舌打ちした。無論、自分自身に向けて、だ。
「……、オイ、濡れンだろォが」
「えへへー、ってミサカはミサカは照れ笑い」
恥ずかしさを隠すように腕に抱きつき、肩に額を擦り寄せてくる打ち止めの湿った髪が肌に張り付く。
微妙な不快感がシャツに広がっていくのを感じながらも、決して引き剥がそうとはしなかった。

結局、最終的に全てを台無しにしているのは他の誰でもない。
向こうから歩み寄られてしまえば、もう終わりなのだ。拒絶なんて出来るはずも無い。望んでいるのは、こっちだって同じなのだから。

「大人のキスみたい、ってミサカはミサカはドキドキしている事をあなたに教えてみる」
「美味かねェだろ」
「ミサカはこういうのも嫌じゃないよ?ってミサカはミサカは……もういっかい、したいなって」
二度目の口付けは、少年から少女へ。
鈍く光る星空と、人工的な光からも逃れるようにして、カーテンを掴み小さな隠れ家を作る。啄む小さな音は、二人にだけしか聞こえないように。
一方通行は、打ち止めの細い腰をグッと引き寄せた。たった数度の触れ合いじゃ、もう満足出来なくなっている。
口内を占拠していた苦味は、気が付けばバカみたいに甘いものへと変わっていた。
























2011/08/25
いつもstkしてるreimei様の タバコレータにやられ興奮のまま書かせて頂きました。
ほんとかっこいいんです、かっこいいんです…かっこいいんです!

◆追記◆
reimeiさんより素敵過ぎるイラストを頂いてしまいました!
これはもうたくさんの方に見て貰わなければ罰が当たると思い紹介させて頂きます。

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あふれ出る色気にどうしたら良いか分かりません…
まさかこんな最高のご褒美を頂けるとは思わず、ステップを踏んでいます。
本当に本当にありがとうございました…!

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