人肌恋しいと思った事なんて、生きていて一度だってなかった。当たり前だ。知らないものを欲しいと思う人間なんていやしない。
それなのに今、当たり前みたいに触れたがっている。まるでずっと昔からすぐ側にあったと錯覚して、疑問さえ感じない。
人よりもずっと遅れて覚えた他人の体温というものは、麻薬みたいに脳を刺激していった。
覚えてしまったら、もうオシマイだ。きっと一生、手放す事なんて出来はしない。
依存と言ってしまえばそれまでだが、間違っちゃいないのだろう。温かさを知るというのは、生きる上で重要な糧になる。


目が覚めたらそこに自分以外のもう一人がいる事に対して、驚きも呆れもとっくに過ぎ去っていた。
指で数えるのもバカバカしくなるくらいに、同じベッドで眠るのが日常になってしまっている。
だから一方通行は、瞼を開けた直後に見える風景が壁でも天井でもまして床でもなく、打ち止めという少女であるという事実を簡単に受け入れた。

重たい瞼を半分だけあげて、数センチ先の少女を見つめる。どうやら一足先に目を覚ましていたらしい。
寝顔を見られるのにも慣れてしまったが、一体何をそんなに熱心に観察する必要があるのだろう、打ち止めはひどく楽しそうだった。
少女は赤い瞳が顔を出した事に気付くと、益々楽しそうに――嬉しそうに、微笑んだ。
「おはよー、ってミサカはミサカはねぼすけなあなたに挨拶をしてみる」
昼間よりも少しだけトーンを落とした声が、心地良く鼓膜を揺さぶる。
一方通行は挨拶に返事をせず、ゆっくりと腕を伸ばした。力の入らない指先は、マシュマロの肌に簡単に届く。
骨ばっていて細い指は、その存在を確かめようとそっと撫でた。くすぐったいと肩を竦める彼女は、一切の拒否を示さない。
無言のままに、頬を、耳たぶを、唇の横に手を滑らせる。
「寝ぼけてる?ってミサカはミサカは聞いてみたり。きっとそうだからまともな答えは期待してないんだけど、ってミサカはミサカは付け加えてみる」
「……起きてンだろォが……」
「その返事が何よりの答えかも、ってミサカはミサカは笑ってみる」
パジャマ替わりのワンピースの紐がずり落ちた肩を、一方通行の手が包みこむ。
そこまで触れられても、打ち止めは驚きはしなかった。そうなるのが決まっていたとばかりに、額にはりついた白い前髪を避ける。
一度も離れなかった視線と視線が一番強く交わった瞬間には、打ち止めは一方通行の腕の中にいた。

ほう、と吐き出された吐息が鎖骨を温める。
腕に、力はこもっていなかった。逃げようと思えば簡単に腕を退ける事が出来る程度のものだ。
けれど打ち止めは逃げるどころか、自ら一方通行の懐に体を寄せていく。二人の間にある酸素を、追い出すようにして。

自覚する程度には華奢な自身の体よりもずっと小さな体を抱き寄せ、一方通行の瞼は再び落ちていった。
麻薬を得た脳が、歓びに声をあげ全身に信号を送る。
少女の体温を世界で一番よく知っている自信があった。他のと比べなくたって、この体温が一番合っている。
「もっと……」
こっちに来いと、掠れた声は囁いた。
いつか毛布を抱きしめていた孤独な少年は、今、当たり前に少女を抱きしめ夢に落ちていく。









「これ、どうするじゃんよ?朝ご飯が冷めちゃう」
「気持よさそうだし、もう少し寝かせておいてあげれば?」
「デジカメないの?ミサカがばっちり収めてあげる」
「今持ってくるじゃんよー」























2011/07/24
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