刻々と、時は迫る。
いつしか只の容れ物となる体は、中身の気持ちなど無視し、終わりを目前として着々と準備を進めていた。

「ミサカも行くから、待っててね」
鈍る鼓膜に、どこまでも優しく響く。まるで子守唄みたいだと、機能を失いつつある脳が考えた。
握られた手の温かさに、初めて繋いだ日を思い出す。濁りきった白とは違う、嫌味たらしく塗られた白色の病室の中。
否応なく手を取られたあの日、勝手に繋いで勝手に嬉しそうにするものだから、怒鳴る事すら忘れてしまったのだ。
初めて触れた悪意の無い無邪気の塊に、心臓が熱くて仕方がなかった。 いつしか触れ合う事が日常になるだなんて、いつ予想できただろう。
「ミサカがすぐあなたを見つけられるように、すぐ近くにいてね、ってミサカはミサカは指きりげんまん」
幼稚な約束に、握り返したくともこの手に力は入らない。歯を噛み締めて力を振り絞りたくとも、その余裕さえ見つからない。
それでも無理矢理に繋がれて、彼女は笑う。子どもみたいに、出会った時と変わらない笑顔で、包みこむ。
「何、言ってンだ……」
掠れた唇から吐き出す掠れた声が、酷く無様だった。
それでも、それでも良いと思う。こんなザマになってまで、側を離れようともしない体温がある。それだけで、充分だった。

「俺とオマエが……同じ場所に行けるとも思わねェがなァ」
明滅する視界が、長いまつげを震わせた。細い呼吸が猶も酸素を求めている。音を潜めていく心臓に、ギリギリまで働けと嘆く。

天国も地獄も知った事では無い。けれどもしそういう場所があるならば、その極端な選択の中で、此の一方的な約束が叶う望みはゼロに等しいだろう。
歩んだ人生は限りなく血生臭く、救われた事実が今でさえ嘘みたいなのだ。誰の目から見ても、明確な話のはずだった。
「大丈夫だよ」
けれど神様さえ打ち砕くように、否定する。
さも当然だと言わんばかりに、彼女は迷い一つ見せず答えを掲げた。
たった一言に込められた信頼の厚さに、緩く笑いが漏れる。馬鹿だな。馬鹿だ。声にすら、ならないくらい。
其処にあるのは、あまりにも馬鹿げた真実。

どうして彼女が言うだけで、こんなにも真実味を帯びるのか。信憑性には程遠いくせに、その言葉は何よりも本物だ。
「ミサカとあなたはずっと一緒だよ。だから大丈夫なの、ってミサカはミサカはあなたを安心させてみる。ずっと一緒にいるよ」
(……死ンでも騒がしい思いをしなきゃいけねェのかよ……)

いつもみたいに煩くて、鬱陶しくて、落ち着かなくて、その光景は、きっと悪くない。

「だから待っててね、ってミサカは、ミサカは……」
――体温が、離れて行く。自分の指先が滑るように落ちて行くのを、まるで他人ごとのように眺めながら追う。
手のひらに染み込んだ熱はあたたかくいつまでも全身を駆け巡って、心地よく浮遊していた。
最期に頷く事は、出来ただろうか。約束を約束として交わせるように。待っていろと言うならば、いつまでだって。

暗幕を引かれたように、視界が黒く染まる。
雑音すらも聞こえない。空気の感触も捉えられない。奥底へ、引きこまれていく。
命の際限に恐怖を感じた事など無かった。生への頓着は、きっと人よりずっと薄かった。

間際にようやく見せた泣きそうな笑顔に、落ちて行く刹那、生まれて初めて死ぬのを惜しいと思う。

何も見えない。何も感じない。何も言えない。何も動かない。体の全てが、停止する。
(クソガキ)
その泣き虫を、抱きしめてやるから。似合わないと、笑ってやるから。だから。だから。










――――四六時中、一緒に過ごしていたから。たまには待ち合わせも悪くないだろう。























それじゃあ、また明日について。

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