唇に触れる直前の音の消える世界も、唇が離れた直後の密やかな世界も、どうしても苦手だ。
空気の色が一瞬で変わる。隔たれた空間に二人だけになる。そんなくすぐったい世界に居る事への違和感を、未だ拭えない。
触れている最中に感じる女の匂いに目眩を起こしそうになっては目を逸らすタイミングが分からずに、いつもその頬を抓る。
拗ねた顔で見上げてくる『こども』に助けられるのが常だった。その度に思うのだ。一体何をしているのだろうと。

気がついたらこうなっていた。なんて、あまりにフザけた話だが、実際それ以外に的確な言葉が見つからない。
我ながら呆れたもので、いつから目の前の少女をそういう風に見ていたのか、自分でも思い出せないのだ。
全てから守りたいと、そう思っていたはずなのに、いつしかこの手の中に収めたくなっていた。その正体は見ようともしなかった――だって、オカシイだろう。

そうして曖昧なままに伸ばした腕はただの一度も拒まれず、数ばかり増していく。正しい事かどうかの判断すらつけられず、つけようともせずに。
いつか拒絶される事を期待しながら、拒絶される未来に恐怖を抱いている。どこまでも矛盾し平行線な思考が消えない。
触れた後は、いつだって高揚感と罪悪感がせめぎ合っていた。こんなのは、自己中心的に弄んでいるのと一緒だ。
この手の中から離れていく事を想像しては、苛立ちが募る。認める事なんて、出来やしない。
だからこうして自分の中に囲っているくせに、それなのに境界線をぼやかして、また一つ罪を増やしていくのだ。
どこまでも愚かな自分に、少年は幾度と自嘲していた。身勝手な幻想に、無理矢理少女を巻き込んでいる。
「……どうしたの、ってミサカはミサカは尋ねてみたり」
真っ直ぐに見上げられて、何もかもを見透かされそうな気がした。いっそその方が楽なのだろうか。
心の中の、潔白とはかけ離れた感情を見透かされて、それで突き放されてしまえば、いっそ。
「……別に。なンでもねェよ」

――分かっている。拒絶なんて、されない事は。
自惚れてしまう程に、少女はこんな自分を許容している。細い腕を目一杯広げて、受け止めて、その上こちらにも流しこんで。

こんな不確かな関係に文句一つ言わず、触れる皮膚はどこまでも甘かった。
どこまで許してくれるのか、確かめるように指先を伸ばしては沈んでいく。その事に悦びを感じている己が、確かに存在している。
少女に触れるのは、自分だけで良いのに。それだけで良いのに。似合わないくせに。

「くるしい、ってミサカはミサカは笑いながら抗議してみたり」
「うるせェよ」
見透かして欲しかった。見透かされたくなかった。
逃げるように抱きしめ重なった心臓の鼓動が、どうか伝わりますように。伝わりませんように。























2012/02/05
手は出せるのに口は出せない

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