「だっこして、ってミサカはミサカは両手を広げてスタンバイしてみたり」
「……」
聞き慣れない言葉が聞こえたような気がして、一方通行は手にした本の文字を追うのをやめた。
なんだかよく分からない単語だった気がする。ので、幻聴だった事にして、彼は再び文字を追い始める事とする。
本の向こう側から見え隠れする茶色いアンテナがチラチラと視界に映り込み邪魔だったが、それに構うと余計に面倒な事を彼は知っていた。
「ねぇねぇーっ、きいてるの?ってミサカはミサカは耳の遠いあなたを揺さぶってみたり」
「うっぜェ」
視界を揺らす少女を振り払いソファの上で寝返りをうつ。背中の向こう側でいじけた女子中学生が、今度は背中を叩いてくる。
「無視しないで、ってミサカはミサカはぶーたれてみる」
「いーからさっさと着替えてこい」
帰宅するなり意味の分からない要求をされては、聞かなかった事にするのが一番だろう。
そもそも一方通行の知る限り、打ち止めの口走った阿呆な要求は幼い子どもがするものであって、中学生にもなる少女がするものでは無かったように思う。

そうして知らんふりを通していると、やがて去っていく足音。遠ざかっていくそれを聞いて、一方通行は息をついた。馬鹿げた遊びに付き合う気は甚だ無い。
「……オイ」
けれどこちらが何をしなくとも、向こうの動きまではどうにも出来ないのだ。
人一人抱え込みそれで一杯になったのソファの上で、第一位は不愉快も顕に顔を歪めた。手の中の本は既に読み進める事が不可能になっている。茶色い何かが邪魔をするからだ。
心地良い閉塞感は侵入者によって破壊され、その侵入者はと言えば腕の中で蠢いてた。一方通行はまるでイモ虫だとその様子を眺めながら、蠢くイモ虫の頭部に手刀を振り落とす。
「い、いた……うう、もうちょっとそっちズレて!ってミサカはミサカはこの狭さに悪戦苦闘していたり」
「ズレてじゃねェよ、わざわざンなとこまで入り込ンでくンな!」
わざとらしい涙目で睨みつけてくる少女に、容赦無く至近距離で怒鳴りつける。本は、床の上に放り出した。

制服姿の女子中学生は消えたが、代わりに現れたのは部屋着のTシャツにショートパンツを身につけた、やはり女子中学生だった。
満員御礼となったソファの上に無理矢理入り込み、その上同じ場所で寝転ぼうとしているらしい。
ご丁寧に言いつけを守ったまでは良いとして、しかし肝心の部分は聞き入れられていなかった事にうんざりする。
狭いと言ってもなんとか二人で寝転ぶくらいの余裕のあった数年前までとは、もう違うのだ。
一方通行はあの頃よりも肩幅が広くなったし、打ち止めだって背が伸びた。あの頃の華奢な少年と小さな少女は、もういない。
正真正銘一人分の広さしか取れない状態になっても懲りずに潜り込んでくるのだから、もうどうしようも無い。
呆れながら、怒鳴りながら、それでもなんとか少女のスペースを確保してしまう自分に、一方通行はその都度辟易していた。一体何をやっているのだ。
「ね、これでだっこ出来るでしょ、ってミサカはミサカは勝者の笑みを浮かべてみる」


茶色く細い髪が顎をくすぐるのを指先で避けながら、彼は自分自身と、打ち止めに向けて溜息をついた。
学校帰りに寄り道したらしい甘ったるい生クリームのにおいを纏わせて縋りいてくる。
反抗期も何も見当たらない少女との関係に、つい微睡んでしまいそうになる。こんな馬鹿みたいな世界が案外心地良いのだから、たちが悪い。
ガキみたいな、少しだけ大人になった、けれどやっぱりガキ満載の少女の背中に、そっと、仕方無く腕をまわす。
一体どうしてこんな幼稚な要求をしてきたのか、聞こうとして、やっぱりやめた。どうせつまらない理由だ。
「もっともっと強くー、ってミサカはミサカは物足りなさを伝えてみる」
「あーあーめンどくせェ」























2012/03/10
打ち止めがだっこ要求したのは「だっこをせがむ子どもを見たから」とかそんなんです

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