黒闇の中で、細い細い、たったひとつの光だけを頼りに歩いている。


「何してやがる」
眠りから覚めた直後に見えたのは、いつもの天井ではなく少女の顔だった。
白髪の少年がそれに驚かずに済んだのは、体を圧迫してくる重みのおかげだ。と言うより、そもそもそれのせいで起こされた。
「おはよーございます、ってミサカはミサカは礼儀正しく挨拶してみたり」
布団越しで腹の上に乗っかった少女の足が、ぐっと動く。近すぎるくらい近い距離が更に縮まった。
挨拶以前にこの体制に礼儀も何もあったものでは無いと思うが、如何せん寝起きの頭ではそれを伝える気力が湧き出てこない。
その代わりと言わんばかりに、一方通行は少女の顔を遠慮無く掴み遠ざけた。小さな顔は、彼の決して男らしいとは言えない手の中にすっぽりと隠れてしまう。
「起きるからさっさと下りろ」
むぐう、と少女の呻き声があがり、手の平にあたる生ぬるい吐息。柔肌の体温が皮膚の中に染み込んでいく前に、別れを告げた。
耳の中がやけに煩く、それが自分の心臓の音だと気付いた時は舌を打ちたくなった。安堵している自分がいる。

夢の中の、においを思い出して。

夢の中の、感触を思い出して。

――己の貧弱さに、反吐が出る。
「……なンだよ」
避けろと言ったはずの体重は変わらず腹の上にあって、少しだけ離れた距離はそこで停止したままに、少女はじいと一方通行を見つめていた。呼吸の音が聞こえる。
見るな。言おうとして、たったそれだけが出てこなかった。逸らせばいいのに、縫いとめられたように動けない。
「だいじょうぶ……?」


繰り返す。何度も、何度も。
これが与えられた罰ならば、これ程相応しいものも無いだろう。
悲鳴をあげるまもなく血の海に沈んでいく少女達。いっそ堂々と恨んでくれれば良いものを、いつだってその目は色を宿していなかった。
肉の感触。内臓の色。血の味。千切る度に、潰す度に、己の口元が愉しげに歪んでいくのが分かって、止めようとしても止まらない。
ああ、これが自分なのだと思い知らされる。込み上げる嘔吐感の中で、それでもこの手は少女を殺し続けていた。


伸ばされた腕を見ながら、払いのける事が出来なかった。
こめかみに触れた少女の指先が、つうとラインをなぞる。やたらに不安げなその表情に、よっぽど酷い顔をしているのだろうと一方通行は知る。
「なンもねェよ」
一瞬で嘘だと分かるセリフを吐き出したのは、追求を嫌っているからだ。
少女がこういう時は大人しく引き下がる事を知っていて、卑怯だと笑いが漏れた。目の前のガキよりも、よっぽどガキだと思う。
「あのね、今日はミサカと一緒にいようね、ってミサカはミサカはお願いしてみたり」
「……そりゃ、いつもとなンか違ェのかァ?」
そうやって、当たり前みたいに自分を望んでくるから。

どうして一緒にいるのだと、考えれば考える程に理解が出来ないのに、それを聞けずにいる。
この世の何よりも自身が一番彼女に相応しくないと知りながら、離れる事が恐ろしかった。
少女が成長していく姿に『アレ』を重ねては、呼吸を忘れそうになる。いつしか頭から爪先まで、全てが同じになるのだ。

分かっていながら、手放せない。
黒にまみれた夢の中で、濁りの拭えない白の現実の中で、少女に怯え生きる少年は、少女の光を求め続けている。























2012/03/25
いつもお世話になっているサカザキさんのお誕生日プレゼントとして書かせて頂きました。
プレゼントの割に後ろ向きですね…後ろ向き美味しいです。

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