それは秘め事。誰にも見られぬように、邪魔されぬように、一時だけ許された甘美時。



静かに流れる空気の中、眠る横顔に、物語の続きを願う自分がいる。
敵に回してでもと思っていたはずだった。共に生きる事が叶わなくとも、どこかで笑顔であればそれで良いと言い聞かせていた。
そんな風に嘘で塗り固めた、あのちっぽけな虚勢は一体何処へ行ってしまったのだろう。
どこかで、なんて、どの口が言えたものか。姿が、声が離れただけで、あの日を思い出す軟弱者の癖に。
この腕の届く範囲に居る事は、決して平和を意味しない。けれどこの腕の届く範囲ならば、必ず守りぬいてみせると誓ったのだ。

「……」
返答が得られないと分かっていても、その存在を確かめるようにして、名前を呼んでみたくなる。
そうして此処に居る事を感じて、きっと今誰よりも気の小さい心臓を宥め続けた。
乱れぬ呼吸音は、少年の平和の証となり心臓に届く。伸ばした手に触れた存在は、もう二度と失えない。

小さな少女の命が、生きる芯になっていた。これが崩れれば、元に戻せはしないだろう。
あれだけの事を、玩具で遊ぶかのようにこなしていた日々が嘘みたいに(嘘になど決してなりはしないけれど)、必死にしがみついている。
きっと、出会った瞬間にそれは決定されていた。一度だけと救った命を掴み続ける度に、傲慢になっていくのだ。この手で守って良いのだと、許された気がしていく。
幾度この体から血を零そうとも、そんなのはどうだって良かった。己の何もかもを投げ捨ててでも、欲しいのは、少女の平穏だけだった。

だからもう手放せない。側に居られるのだと知ってしまった時から、貪欲さは増していく。
まるで赤子だ。他には何も知らないで、目の前の命綱を必死に引き寄せ続けている。


こちらから触れるのは、決まって夜だった。
夜の色に隠れて、誰にも見つからないように、少女にすら見つからないようにして、そっと手を伸ばす。
深夜0時を過ぎると潜りこんでくる存在に、いつからか表面上の叱咤すら放棄した。
面倒だと説得力のない言い訳を見つけ出して、側に居る事を選ばれた立場に喜んで甘んじている。
恥ずかしげもなく擦り寄ってくる少女を受け入れている顔をしながら、熱いくらいの体温を求めているのはこちらのほうだった。
一人で眠る事に違和感を覚えてしまえば、もう終いだ。孤独であった日々など忘れてしまえと、心が呼びかける。
「……馬鹿みてェ」
呟きは、あまりにも生ぬるい。この喉からも、こんな声を出せるのだと知ってしまった。

重なった、たった数センチ幅の肌と肌に、無遠慮に繋いでくる手を思い出す。抱きしめた背中を思い出す。
いっそ抱き寄せて、思うがままにこの中に閉じ込めてしまったら良い。例え少女の目が覚めても、きっと彼女は咎めずに、笑って迎え入れてくれるだろう。
けれど、これ以上は進めない。欲しいという願いは、底を知らないから。自制を忘れぬうちに。まだ、臆病であるうちに。
ただ静かに、どうか、夜が終わるまで。
























2012/04/10

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