落胆と自身への嘲りとの中で確かに混じる感情は、喜びと呼べるものだった。
通り過ぎていった季節の数を数えようとして、直ぐに答えが出てこない。幼児レベルの計算すら出来ない程に頭が呆けている。
遅い動きで指折り数えてようやく答えに辿り着いたところで、一体何だと言うのだ。
似合わない行為に溜息をつきながらも、答えの分だけ共に過ごしているという事実は、一方通行の感情を穏やかに撫でた。

彼が知っていたのは、誰かの恐怖する目、触れようとしない大人達、ひとりで生きる部屋の静かさ。
環境の異端さを理解していたって、得られるものはそんなものばかりだったのだ。定められた運命は、あまりに冷たい待遇を彼にもたらした。
欲しいと願う事の苦痛さを、幼い頃に気付いては諦めを知る。それが最善だと信じてしまえば、あとは汚れた道を歩くだけで良かった。
運命を呪いもせずに、悲しみに喘ぐ少年の心は闇の奥底でずっと死んでいた。人として愛される事を放棄された第一位が第一位である為に、それが必要だったから。

だからこうして、泥の中に沈んでいたものが掬い取られ息を与えられる度に、自覚する。

「おまたせー、ってミサカはミサカは帰還を告げてみる」
すっかり肩まで伸びた髪を揺らして向かいに座った打ち止めを、一方通行は無言で見返した。何が嬉しいのか、ふにゃりと頬を緩ませている。
出会った頃と何も変わらない笑顔は見慣れているはずなのに、まんまと絆されていく。感情が、呼吸する。
「新作メニューなんだって、ってミサカはミサカはじゃじゃんとお披露目してみたり」
ほとんど押し切られる形で連れ出されたカフェに来るのは、これで三度目だった。
いかにも女子が好みそうなインテリアと明るすぎる店内に、美味くも不味くもないアイスコーヒー。
やたらとカラフルで甘そうなドーナツは一方通行の食欲を刺激するものでは無かったが、美味しそうに頬張る姿を見るのは嫌いじゃなかった。
グラスの中で、氷のぶつかり合う音がする。一口勧めてくる少女に首を振って断って、一方通行はテーブルに肘をついた。
休日の昼間に繰り広げられる、平和な雑談の交わされる平和な場所。その中に自身が居る事にも、もう違和感は感じない。

ゆるやかに流れていく空気に触れていると、まるでそれは初めから此処に在ったみたいに錯覚しそうになる。
そんなものはずっと知らず、願うことすら罪だったのに。
バケモノと呼ばれた幼い子どもの、自分だけを守り続けた強さは未だバケモノじみていて、けれど今は独りじゃない。
一度は遠ざけようとした存在は、結局は今もこうして側に居る。ずっと昔に欲しかったものは、少女と出会ってからは欲しいと言わずとも手の中に落ちてきた。
柔らかな感触が体の中へ融けていくごとに生き返るものを感じては、自身の人間らしさに気付かされる。
そうやって取り戻す一つ一つには、必ず少女の姿があった。誰よりも何よりも、入り込めるのは少女だった。
「みんなにもお土産買っていかなきゃ怒られちゃうね、ってミサカはミサカはお土産選びも楽しみだったりするんだけど」
「テキトーに選ンどきゃイイだろ」

積み重ねていく中で膨らんでいく感情を見つけてしまった時、何を馬鹿な事をと辟易した。
けれど同時に、嬉しいと思ってしまったのだ。当たり前の感情が当たり前に存在した事に。その対象が、少女であった事に。
笑顔を、声を、唐突に飛びついてくる体を抱き留める日々がこのままアルバムの出来事になってしまう可能性を、認められない。
いつしか命が尽きるまでの永遠を欲しいと、一方通行は静かに願う。神頼みするまで浸っている事実に皮肉めいた笑みが零れそうになりながら、それすらもまた喜びだった。

もし共に生きる事を望む事が罪では無いのならば。
「……顔にクリームついてンぞ」
「ええっ、取って取って!ってミサカはミサカは慌ててみたり!」
ならばいっそどこまでも共にと、希望に腕を伸ばしても良いだろうか。























2012/05/02
ゆっくりと過ごしていく中で恋愛感情もこんなふうに受け入れられる一方さんも良いなと思うのです。

inserted by FC2 system