小さな粒が、ひとつ。手の甲に落ちた冷たさに視線をむけると、またひとつ。
仰ぎ見た空は灰色に覆われている。生ぬるい風は雨のにおいを運びながら、白い頬をそっと撫でた。
立ち止まった白髪の少年を嘲笑うかのように、目の前では次々と色彩が花開いていく。灰色の空に咲くそれらは、やたらに眩しい。
購入したばかりのコーヒー飲料の入った袋が、途端に重く感じられた。今日の予報は確かに雨だったと言うのに、彼の空いた手は何も持たずポケットの中にしまわれている。
まずは何も考えず、それから次に思い出したかのように首元に手を伸ばしてから、一方通行は眉間に皺を寄せた。舌打ちは、コンクリートを打つ水音に消えてしまう。
チョーカーのスイッチに一度触れた指先を思い切り振り落として、忌々しい空を睨みつける――使えない。

未練や後悔は、銃口に向きあった瞬間に捨てた。
それでもまだこの中に有るのでは無いかと、錯覚しそうになるのだ。
そうしてこんな些細な事でさえ、実感してしまう。何もかもを、能力に頼りきって生きてきた自分自身を。
息をするように最強を身に纏って、ならばそれを失くした今は、一体どれだけ無力で脆弱なのか。そこらの一般人にさえ、この細い体は簡単に平伏せられてしまいかねない。
十五分。許された時間の中で、自分はどれだけのものを守り続ける事が出来るのか。思う事が何も無いと言えば、嘘になる。
第一位として君臨していた己に対する絶対的な自信は、とっくに失われた。

守りたいと思えば思う程に、信用が消えていく。この体で、どうやって?自分の事すら、守れるかも分からないのに。



「あーっ!どうして待ってないの、ってミサカはミサカは急いで駆け寄ってみたり!」
髪を伝い頬を濡らす雨水の鬱陶しさに苛立っていると、子ども特有の甲高い声が空気を震わせ耳に届く。
バシャバシャと地面を蹴る音に、一方通行は下に向けていた視線を僅かに上げた。サンダルを引っ掛けた裸足に、小さな泥が飛びついている。
息を切らしながら、少女は少年に駆け寄った。患者の忘れ物を借りてきたのか、所々が汚れている濃紺の大きな傘を肩につけた姿が、やけに不恰好だ。
「迎えに来たよ!ってミサカはミサカはびしょ濡れのあなたに傘を差してあげたいんだけど……届かない……」
「届く訳ねェだろ」
打ち止めはサンダルから滑り落ちた指先が汚れるのも気にせずに、うんと背伸びをする。幼い細腕に大人サイズの傘は、随分と重たそうに見えた。
一方通行は顔の前で左右にフラつく布地を鬱陶しそうに払いのけ、それを少女の手から奪い取った。掲げてみると、頭上で雨音が響きだす。
嬉々として同じ屋根の下に潜り込むのを横目で見やり歩き出す歩幅は彼一人の時よりも狭く、スピードは遅い。
「外出許可取ってきたンかよ」
「まさか不真面目なあなたにそんな事を聞かれるなんて、ってミサカはミサカは素直に驚いてみたり」
「オマエが面倒な事すっと俺がどやされンだろォが」
「ちゃんと言ってきたよ、ってミサカはミサカは心配ご無用と偉ぶってみる。ミサカは優等生なのだ」
何故か勝ち誇った顔で見上げてくる打ち止めを一瞬見やって、一方通行は興味無さげにふうんと呟いた。
無駄に立派な病院とコンビニエンスストアとは、目と鼻の先にある。冷たい雨の心地悪さも、それを思えばどうって事は無い。
たかだか五分の距離を雨の中わざわざ飛び出して来るなんて、全く馬鹿げている。爪の中に砂利が入っているのも、どうせ気にしていないのだろう。

ちらりちらちと見上げてくる視線の忙しなさには、未だ慣れずにいた。
一体どこをどう調整されればこんな性格になるのか。誰よりも何よりも知っているくせに、何も知らないみたいな目で見つめてくる。
迷うこと無く真っ直ぐに与えられる好意を、いつか当たり前だと思う日が来るのだとしたら。その道は正解なのか、分からない。
「ンで、なンなンだよ」
「えーっと、あのね〜、ってミサカはミサカはちょっぴり恥じらいを見せてみる」
「…………」
立ち止まり色気ゼロの上目遣いを見せつけてくるクソガキは、無視をするに限る。
「待って待って!ってミサカはミサカはいけずなあなたに縋ってみたりぃ!」
ため息さえつかずさっさと行ってしまおうとする一方通行のシャツの裾を、打ち止めは慌てて掴み彼の横に並んだ。
「傘があると手を繋げなくてちょっぴり寂しいね、ってミサカはミサカは本音を漏らしてみる」
「……ハァ?」
思わず立ち止まった少年を、少女は満面の笑みで見つめ返した。指が絡む程度でも分かる幼い手のあたたかさを、思い出す。
雨に濡れ冷えきった軟弱な手を欲する存在に、満ち溢れる感情に、息が止まりそうになる。守れる保証などどこにも無いのに。

「くっだらねェ」

それでもこの手で繋ぎ止めていたいと、触れた命の重さに誓わずにはいられない。
























2012/06/23
入院中、不安に思う事もあったのかなと思うのですが、どうでしょう。


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