いい加減に一人で良いだろと言ってみたらきょとんとするものだから、頭が痛くなった。



人との接し方に疎いのなんてお互い様、どころか、自分よりもずっと後から生まれた少女のほうが優れているのは明白だ。
上手い下手で言うならば自身の他人に対する態度は後者にしかなり得ず、誰かを諭せるような人生観も持っていない。
それでも少女のある一部分に関しては、こんな奴にでも分かるくらいネジが一本二本ぶっ飛んでいると自信を持って言えた。
残念な事に、それを指摘するような出来た大人が周囲には居なかったのだから仕方ない……なんて割り切れたらどんなに楽だろうか。
何より一番の問題は、割り切れない自分が存在してしまっている事だった。



いつの間にか、シャンプーの泡が飛んでくる事が無くなっているのに気付く。
髪を洗えば毎回四方八方に攻撃を仕掛けていた幼い少女は、一体どこに行ってしまったのだろうか。見回しても、見つからない。
「寝てたら溺れちゃうよ、ってミサカはミサカは注意をしてみたり」
「……寝てねェ」
シャワーの音が止まったかと思うと、もう決して幼くは無い少女がこちらを見つめていた。
バスタブの縁にだらしなく後頭部を預け瞼を閉じていたからか、随分と頭がぼうっとしている。
一方通行はのろりと体を起こすと、椅子に座ったままの打ち止めに片手を振って下がれと伝えた。素直に従うのを確認して、蛇口を青色に向かって勢い良く捻る。
冷水の中に突っ込んだ頭が目覚めていく。冷たいと叫ぶ声も無視して、タイルの上で流れていく水を眺めた。
視界に入るつま先の爪には、何も塗られていなかった。水から逃げるように宙に浮かせた色白の素足は、すらりと伸びて繋がっている。
「…………」
肌の擦れた感覚を、思い出す。広くはない浴槽の中、ぶつかる肩や肘やふくらはぎの柔らかさに驚いてしまったのは失態だった。
そんなのはずっと前から知っていたはずなのに、まるで唐突に歯車が外れてしまったかのように。
一体、どこに行ってしまったのだろうか。あの時の少女も、あの時の自分も。

そもそもどうしてこんな事で悩まなければいけないのか、というものを真剣に考えると馬鹿らしくて嫌になる。
年頃の少女がしょっちゅう入浴中に乱入してくるので、最近とても困っている。そんなふざけたお悩み相談があるものか。
更には悩んでいるのが『こんな奴』なのだから、笑えない笑い話だ。理性が消えていないだけまだマシだと、何度自分を慰めたろう。

「オマエさァ」
出した声が、随分のんびりしていた。どうやら疲れているらしいと、一方通行は他人事のように理解する。
「なにー、ってミサカはミサカは反応してみるー」
真似をしたのか、間延びした声で答えながら首を傾げる打ち止めの頬を、水滴が伝い落ちていく。
伸びた髪を結いあげて、湯気の中で主張する首筋や鎖骨にタオルを投げつたくなるのを一方通行が耐えた事を、少女は知らない。
「いい加減に一人で入れよ……明日から」
頼むから、と心の中で情けない願い事が自動的に追加される。
だがそんな切な思いは、一瞬足りとも、誰も救ってはくれなかった。
「えっなんで!?ってミサカはミサカは驚いてみたり!」
「あ?」
なんでとはなんだ、と、一方通行はつい黙りこむ。少女の言葉をもう一度頭の中で繰り返すが、やはり意味が分からない。
まさか理由を求められるとは思わなかった。今の場面は、なんでと聞く所だったろうか。まともな思考はどこかへ消えたようだ。
少女に伝えるべき答えを探して、しかしそれを口にするのは一方通行にとって最悪の罰ゲームだ。もし喜んで弱点を晒す奴がいるなら、今だけ尊敬してやろう。
(つゥか)
「分かンだろォがよ……」
次第に湧き上がる苛立ちとは正反対に、疲労した唇は重たく音になった声はあまりに弱々しいものだった。

全く、くだらないにも程がある。何が楽しくて一人でから回らなければならないのか、そんな虚しい人生など望む訳が無い。
不思議そうに眉を潜める打ち止めを無視して大きく吐いた溜め息は、虚しく浴室に響きあっという間に消えた。



「なんだか具合が悪そうだけど大丈夫?ってミサカはミサカは心配してみたり」
「……オマエな、……クソ、ぜってェ謝らねェからな」
もしかして、万が一にでも、どう抗っても、その日が来てしまった時は。























2012/09/20


inserted by FC2 system