選ばれたのだと安堵するのはおこがましく、選んだのだと自惚れるのは高慢だ。
この世に救われないものはいくつもあって、救われない人間は何人もいる。その中でどうして自分なのだろうと考えては、辿り着く答えはいつだって曖昧なものだった。
分かるのは、たった一つの現実だけ。その現実の重みに、幾度も願い、幾度も諦め、幾度も憎んだ奇跡をまた信じようとしている。


「あのね、あなたが大好きなのよ、ってミサカはミサカは当たり前の事を述べてみる」
そう。当たり前の事を、唐突に言い出すから。
きっと今、世界一間抜けな顔をしている。混乱を招いた少女の唇をぼんやりと見つめて、彼はただ呼吸だけを繰り返す。
まるで挨拶でもするかのような告白だ。もしかしたら本当にただの挨拶で、今のは聞き間違いでもしたのかもしれない。
何故そんな事を、言ったのだろう。そんな事を言うような性格をしていただろうか。記憶を手繰り寄せる。

少女は確かに明確で、確かに分かりやすかった。
最初から向けられていた好意は、いつだって拒む暇など無かったのだ。
その幸せに満ちた笑顔も、いじけた時の頬の膨らみも、嬉しげな声色も、はしゃぎ抱きつく華奢な体も、全てが彼女の向けるものを表していた。
ただ唯一、言葉だけが存在せずに。そんなものは別段重要じゃなく――要らないとさえ、どこかで思って――求めようとも、しなかった。
「…………」
こんな時は、どういう反応をするのが正解だったろうか。
いつもみたいにあしらったら良い。それは、どうやっていた?
力強い赤は少女の前で戸惑いを隠せずに、滑稽な姿を曝け出す。喉元が、すうと冷えていく。


ふと微笑う、穏やかな笑顔が以前から苦手だった。
ずっと幼いはずの子どもが、ひどく大人びて見えるのだ
柔らかな瞳に捉えられる事に安らぎを覚えながら、そうなると逃げ道を失ってしまう。不完全さを思い知らされる。
「あなたは本当に自分が好きじゃないのね、ってミサカはミサカは指摘してみる」
伝えられる全てが、己には不釣り合いに温かい。込み上げる感情の名前を形にするのが嫌で、無理矢理に押し込めた。
「ンなもン……」
そっと頬に当てられた手のひらから流れこむ少女の体温に、この手を重ねてしまったのは無意識だ。
「仕方ないなぁ、ってミサカはミサカは手のかかるあなたに頭なでなでのサービスもつけてみたり」
「……うるせェ」

出会わなければ、何を知る事も無くただ奪い消えていくだけの世界しか見えなかった。そうあるべきだったと自覚しながら、手放す事などもう出来ない。
幼稚な独占欲と自己嫌悪に、少女を巻き込んでいる。本当に子どもなのは一体どっちなのかと、考えるまでもない。


欲しくなかった言葉は、多分、欲しかった言葉だ。
与えられれば、いつか自分を肯定してしまいそうになる。辿ってきた泥道を、見ないふりをする日が来てしまう。
身の程知らずに多くを望んで、それは許される訳が無いのに。許されない、と思っている癖に。
「ミサカはあなたが好きよ」
(言うな)
一度味わってしまえば、強欲になってしまうから。
甘ったるい、自分だけに向けられた幸運に微睡んで、冷たい指先を温めようと縋りつく。
結ばれた繋がりに寄りかかって、どうかたった一つの奇跡がいつまでも続くように、どこにも行かないように。























2012/11/25


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