見つからない答えに、あと何度道を違えば辿り着くだろうか。
たった一つの幸福を願うことさえ、ままならない。


ガラス窓の向こう側に広がる闇は、永遠と続いているように思えた。
あまりにも狭い世界の、あまりにも深い場所。きっと光には程遠い場所に、性懲りもなく再び沈もうとしていた愚者がいる。
聞き分けの無い脳は、そこに行くべきなのかと未だ悩み続け足元を揺らす。押し留めているのは、側で横たわる少女の存在だった。
現実との境目の区別がつかず、今は寝息を立てる唇がついさっきまで紡いでいたセリフは、耳の中でボヤけ未だ響きわたっている。

少女には似合わない、刺すようなソプラノだった。突きつけられた真実は否定を許すものでは無く、どうしようもなく核心だった。
結局、この手が選んでしまうのは『それ』なのだと信じることしか出来ず、それよりも上位のものは無いのだと勘違いをしかけて。
(俺が)
選んだ。選ぼうとした。最善をそれと捉えた。安直で、確実で、愚かな正解だったのだ。
知らず一点だけを見ていた。あの世界に戻るのは嫌だと駄々をこねていながら、自ら踏み込んでしまう。
思考が狭まっていることにすら気付かない滑稽な生き様に、笑い飛ばす余裕すら見つからない。

立ち上がり進む為に掴んだ杖を、きつく握りしめたままなことに気付く。
手の平に滲む汗が不愉快だ。投げ捨てるように床へ放ると、ガチャン、と無機質な音が足元を走る。
「……使えねェな」
足掻いて、足掻いて、まだ分からない。
進む方向に在るのは困難なものだと理解しているつもりでも、到達地点も過程も不透明な現状に、苛立ちと焦りは無意識に募っていた。
許されることを望んでいるのでは無い。今更どう働いた所で、自己満足の贖罪には変わりは無い。

――本当に?

与えられた笑顔に、優しさに、温かさに、いつしか犯した罪がゼロになる可能性をどこかで期待していた。
奪いとってきたものから目を逸らし生きていく事が出来るのかもしれないと、無意識に都合の良い未来を描いていた。
身勝手な希望を知らず潜ませて、もしこのまま自覚せずにいたとしたら。考えただけで、吐き気がする。
「……」
そっと、伺うようにして振り返る。明かりの無い部屋の中で、戸惑いを抱えた赤色の瞳が小さな少女を捉えた。
側で眠る唯一人に許されることに慣れてしまえば、きっと一番の裏切りになる。そんなのは望んじゃいないのに、望んでしまいそうになる。
乾いた唇がつい少女の名を呼びそうになって、喉元で抑えこんだ。飲み込んだ空気は、苦く重たい。
少女の返答を、無理矢理に得ようとしている自分が酷く卑怯に感じられた。その声で、今すぐ呼んで欲しいなんて。

ベッドを揺らさないように寝転んで、そっと息をつく。肌の触れない距離で、けれど一番近くにいたかった。
込み上げ絡み合う感情の一つ一つの処理がうまく出来ず、全身を叩く鼓動が鬱陶しい。
「あなた……」
「……っ」
ふいに飛び込んできた音は、砂糖菓子みたいに耳に溶け込んだ。
冷え切った空気に場違いな、あまったるい響き。つい数分前に聞いたものとはまるで別人なことに、早速安堵している。
間近で見やった横顔は先と変わらずに眠り続け、緩んだ頬と唇は平和そのものだった。そうやってすぐに、与えてくれてしまうから。
「アホ面で寝言言ってンじゃねェよ……」
囁いた自身の声が思った以上に間抜けで、思わず苦笑する。なんて単純な作りになってしまったものか。



伸ばした腕がすぐに届いてしまうから、咎めるように拳を握りしめた。
抱きしめたいと欲する体が脳が、一番大切な存在に寄りかかってしまわぬように。























2013/2/11


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