あまりに優しすぎる囁きに促されて、抱きしめた体をようやく意識する。"あァ、まただ"
固まった指先が解れていくのを寝ぼけた頭で理解して、早々に諦める。手に入れた体温を手放すには、あまりにも寒い夜だった。

残像を見せる痛みから逃れたくて、華奢な背中をそっとなぞる。狸寝入りのヘタクソな寝息が途切れ、同じ反応を返す手が不器用だ。
静まり返った部屋の中、雑音を交えた奥で呼吸と鼓動の音が規則的に鳴り続けていた。足でシーツを擦ることに、緊張感を伴う。
言葉を紡げば、きっと返ってくるのだろう。挨拶をすれば挨拶が、寒くないかと問えば平気だと。
例え意味のない単語を投げかけたとしても、少女はきっと、こちらが満足出来る答えをくれる。
けれど冷えきった唇は何も言わず――それとも、言えないのか――ただひたすらに、側にある体温全てを感じていたかった。

シーツのズレる音が邪魔をして、夜に沈むような冷たい空気を震わせている。
首筋を、癖のある髪がくすぐった。体を寄せれば今度は小さな鼻先がぶつかって、窮屈だろうに文句を言わないから、更に引き寄せる。
重たい瞼を持ち上げてみれば、砂嵐の奥に少女を見つける。未だぼやけた境界線に、今ある本物だけを望まずにはいられない。
寝ぼけていたからだとか、肌寒かったからだとか、寝相の悪さが鬱陶しかったからだとか、ただの気まぐれだとか。
馬鹿らしい言い訳を口にする気力も、湧いてこなかった。見破られる嘘は、とっくに間抜けなザマを見られてしまっている後では意味が無い。
時折、ガラス窓を揺らす風が囃し立てるように通り過ぎて行く。その挑発に易易と乗ってしまった瞬間、手に入るのはどうしようもない安らぎだ。



泥の中から伸びる無数の腕に足を捕まれ、崩れ落ちる地面に引きずり込まれていく。
声をあげようにも、ドロリとした血が喉を詰まらせ邪魔をする。鉄のにおいが充満して、吐き出しても吐き出しても溢れだす。
幾夜にも続く光景。夢としてはあまりに生々しいのは、現実で知っているからだ。
許すのも、許されるのも、それは加害者の決めることではない。
安全な道なんてものは存在しない。これまでも、この先もそうだ。それは確定事項で、覆ることもないだろう。
そうと知りながら、それで良いと受け入れたつもりでいながら、知らぬ間に救いを求め、神などいないと嘯きながら都合の良い神を探す。



シャンプーの香りの奥に、もっと甘いにおいを感じては目眩がした。
砂糖水に浸った体がふやけて、見失った熱がじわりじわりと蘇るのをただ黙って受け入れる。
自分よりもずっと小さな体に縋り、まるで子どもをあやすかのような手に慰められているザマだ。
赤黒く染まった視界は徐々に薄れていき、悍ましい声も音ももう遠く、現実だけが正しくクリアになっていく。
こめかみを流れる汗のベタつきを不快に思えるくらいには、意識をこちらに取り戻せているのだと気付いた。
「……オイ」
貼り付いた喉を震わせて、出した声は、我ながら随分と細く弱々しい。
ゆっくりとこちらを見上げる瞳は、こちらから声をかけるとは思っていなかったのか、少しだけ驚きの色を乗せていた。
「……お水飲む?ってミサカはミサカは訪ねてみる」
「いらねェよ」
そう答えるとすんなりと頷いて、微笑む少女に全てを見破られている気がした。それさえも、今ならば心地よく思えてしまう。

「ミサカは今日あなたと出かけたいな、ってミサカはミサカはお願いしてみたり」
「……覚えてたらな……」
頬を撫でる指先の温かさに導かれて、きっと今度は、穏やかな白の世界に眠れるだろう。
少女が隣にいてくれることを知っているから。きっとこの命が終わるまで続く悪夢さえ、怖くない。


























2014/6/8
通行止めの寝ているシチュは何度でも書きたいです

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