「このミサカはチョコレートを所望する!ってミサカはミサカは高らかに山賊宣言してみたり」

嘘くさい金ピカの短剣(折り紙を張り付けたダンボール製である)を掲げて、ソファの上で仁王立ちした少女が叫ぶ。
はて一体誰がこの面倒くさいクソガキの遊び相手なのだろうか、と、一方通行は視線だけを動かし周囲を見回した。
だだっ広いリビングには昼ドラを流しているテレビと、一人で寝転ぶには充分なソファと、ゲーム機のコントローラーが放置されたテーブル。
察してはいたが、それでも溜息をつくのを止める事が出来ない。今この場にいるのは、少女と、温めなおしたコーヒー片手にキッチンから出てきた自分だけなのだ。
「……何がしてェンだよ?」
無視を決め込んでしまえば良いものを、こうして相手にしてしまうからだめなのだ。己の間抜けさに呆れるのは、何度目になるだろう。
輝きを蓄えた瞳に捉えられた瞬間から、一方通行は静かで快適な休息を過ごす事をとうに諦めていた。元より、この家でそんなものは滅多に手に入らないのだが。

ソファから飛び降りた打ち止めは、獲物を捕まえたとばかりに一方通行の細い腕に絡みつく。短剣は早速床に捨てられ、無意味な役目を終えてしまったようだ。
飛びつく勢いに零れたコーヒーが一滴二滴と床に落ちていくのを追いかけて、形ばかり咎めてみるものの、聞く耳など持っているはずも無い。
子ども特有の、眠気を誘うのが得意な体温が忙しなく纏わりつく様はまるで犬のようだと、一方通行は頭の片隅で思う。
「ねぇねぇバレンタインって何をする日か知ってる?ってミサカはミサカはクイズを出題してみる」
「オマエ答え言ってンだろォが」
「ノリが悪いなぁ、ってミサカはミサカはだけど今機嫌が良いので許しちゃうぞ、と可愛らしくウインクしてみたり」
脇腹をつつく人差し指を野良犬を遠ざけるかのように払い、一方通行は打ち止めがつい今まで占拠していたソファに腰を下ろす。
次いでボスン、と勢い良く音を立てて隣に座った少女を横目で確認して、コーヒーが溢れたおかげで不自然に汚れてしまったマグカップに口をつけた。
「期待してるとこ悪ィが、ンなもンねェぞ」
「えー!!ってミサカはミサカはそれは分かっていたけれどそれでも大袈裟に驚いてみる!!」
無慈悲な回答に、悲鳴がこだまする。真横で鼓膜を揺さぶる大声に表情を引き攣らせた一方通行が、打ち止めの頬を思い切り引っ張った。
「叫ぶなクソガキ」
「い、いふぁいよー」

テレビのチャンネルを回せば、どこもかしこもバレンタインとやらの特集を組んでいるようだ。
やたらと凝ったデザインが画面に溢れかえり、見ているだけで胸焼けしそうなチョコレート達を眺め、苦いコーヒーを流し込む。
抓られた頬をさすり恨めしげに見上げてくる少女が、無言で膝をつついてきた。不貞腐れた唇が尖っている。
「ンなに欲しけりゃ買いに行きゃいいだろ」
「貰うことに意義があるのです、ってミサカはミサカは反論してみる」
「そもそもこォいうイベントやりてェならよ、普通は逆じゃねェのか?」
「……えっ?あなたってばチョコが欲しいの?ってミサカはミサカは衝撃の事実に驚いてみたり」
「なンでそォなる」
心底不思議そうに首を傾げるその間抜け面に、いっそ財布でも投げつけてやろうか。

代わり映えしない番組ばかりを流すテレビ番組のつまらなさに辟易して、電源をオフにする。軽く放り投げたリモコンが、カーペットへと静かに落ちた。
音が消え、色を無くした画面の奥に、少女と少年が一人ずつ。その薄暗い映像越しに目が合う前に、現実がTシャツの袖を引く。
「だってあなたが好んで糖分を摂取している所、あまり見ないもの、ってミサカはミサカはデータを遡ってみる」
「あン?」
「ところがミサカは甘いものが大好物なのでやはりチョコレートを所望する!ってミサカはミサカは冒頭に戻ってみたり」
「戻るな鬱陶しい」
一方通行が再び犬を追い払うような仕草をしてみせても、打ち止めは少しも気にしない。袖を掴んだ小さな手は、益々力をこめていた。
少女がぐいと顔を寄せる。どこか得意気な悪戯っ子の笑みを浮かべて、血色の良い唇は耳元で囁きかけた。
「ギブアンドテイク作戦なのだ、ってミサカはミサカは意表をついてみる」

少しだけ背伸びした少女が少年の肩に手を置き、鼻先が白い頬に当たりそうな距離にまで近くにくるまでは、あっという間だった。
「オマエな……」
続く言葉を発する気力も失って、一方通行はただ短い溜息をついた。何がギブアンドテイクだ。
何故か勝ち誇った顔で見上げる少女の、たかがチョコレート一つにかける必死さを理解出来る日は来ないだろう。
「……めンどくせェな、さっさとコート着て来い」
けれど、あァ、そういやァ缶コーヒーのストックがもう無くなるはずだ。冷蔵庫の中身を思い出す。
一緒に連れ出せば、煩い口も静かになるだろう。ついでに、頬に触れた唇の感触も、外の空気に攫われてしまえば良い。























2014/3/23
ホワイトデーすらも過ぎていました。

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